2022年9月のM&A(適時開示ベース)は前年同月を22件上回る105件となった。月間100件の大台に乗せるのはリーマン・ショック前の2008年3月(111件)以来14年6カ月ぶり。国内案件が活況を維持しているのに加え、国境をまたぐ海外案件も8月に続き9月も復調ぶりを示した。
ウクライナ危機による地政学リスクの高まり、急速な円安、慢性的な半導体不足などに直面しながらも、新型コロナ感染の落ち着きを背景に経済活動の正常化を反映した動きとみられる。
1~9月累計は前年比37件増の693件。このままいけば、年間件数はリーマン・ショック後の最多を記録した2021年(877件)を超えることが確実視される。
一方、9月の取引金額は3252億円で、件数の割に伸びなかった。金額首位はニコンが約840億円を投じて3Ⅾ(3次元)プリンターのドイツ企業を買収する案件。100億円超の大型案件は8件あったが、TOB(株式公開買い付け)関連が5件を占めた。
上場企業の適時開示情報のうち経営権の移転を伴うM&A(グループ内再編は除く)について、M&A Online編集部が集計した。
9月のM&A105件の内訳は買収92件、売却13件(買収側、売却側の双方が発表したケースは買収側でカウント)。このうち海外案件は17件で、8月の21件に次ぐ今年2番目だった。その内容は日本企業が買い手となるアウトバウンド取引が13件、外国企業が買い手となるインバウンド取引が4件。
海外案件の1~9月累計は前年比3件減の118件(アウトバウンド69件、インバウンド49件)。1~6月累計はアウトバウンド38件、インバウンド34件で、両者がほぼ拮抗していが、ここへきてアウトバウンドが勢いを取り戻しつつある。
月別の総件数は例年、年度末の3月が年間を通じて最も積み上がる。昨年3月は97件と100件に迫り、今年もここまで3月が93件と最も多かった。これに対し、年度の上期末にあたる9月の件数がとくに伸びる傾向はなかったが、今年は“異変”が起きた。111件を数えた2008年3月以来、14年半ぶりに100件の大台に乗せたのだ。
当時はデフレ経済下ながら、M&A市場は活況を呈していた。2008年9月のリーマン・ショックを境とする景気悪化で、年間800件を超えていたM&A件数は600件台前半まで落ち込み、800件台を回復したのは2019年のことだ。
この直後にコロナ禍が襲い、海外案件の落ち込みはあったものの、800件台を安定して維持。2021年は年間877件と2008年の870件を超え、リーマン・ショック後の最多を記録した。
9月の金額トップはニコン。ドイツの3Dプリンター大手、SLMソリューションズ・グループを約840億円で買収すると発表した。ニコンとして過去最大のM&Aで、市場拡大が期待される金属3Ⅾプリンター分野で世界的プレーヤーを目指す。
SLMはドイツ・フランクフルト証券取引所への上場企業。ニコンは増資を引き受けて株式10%を取得したうえで、TOBを実施する。買収完了は2023年1~6月を見込む。
3Ⅾプリンターは設計データをもとに材料を一層ずつ積み重ねて目的の立体物を作る装置で、金属用と樹脂用に大別される。ニコンは新規分野として金属3Dプリンター事業を強化している。
SLMは大型部品の造形に強みを持ち、宇宙航空、自動車業界などを主要顧客とする。ニコンは金属の粉を吹き付ける方式の3Ⅾプリンターを手がけているのに対し、SLMは金属の粉を溶かして造形する方式を採用している。ニコンは今回の買収で異なる造形方式を取りそろえ、顧客への提案の幅を広げる。
金額2位以下はTOB案件が並び、10位までに6件を占めた(一覧表)。その筆頭はデータソリューション事業を手がけるALBERTの全株取得を目的とするアクセンチュア(東京都港区)の案件で、買付代金は最大424億円。AI(人工知能)やビッグデータ分析に精通した専門人材の獲得などが狙い。ALBERTの筆頭株主のSBIホールディングスは保有する約30%の株式をTOBに応募する。
SBIホールディングスはTOBを通じて住宅ローン大手のアルヒの株式51%を取得し、子会社化する。買付代金は262億円。昨年子会社化した新生銀行や資本・業務提携先の地方銀行との連携を進め、住宅ローン事業の拡大につなげる。
オフィス向けコーヒーサービスのダイオーズ、鋼材販売のアイ・テックはMBO(経営陣による買収)の一環としてTOBを行い、株式を非公開化する。目先の株価や業績にとらわれず、中長期的な観点から経営改革を進めるには株式市場からの「退出」が得策と判断した。
一般消費者に身近な外食・フードサービスでも動きが活発だった。
ハウス食品グループ本社は、豆腐や植物肉(肉代替製品)を製造する米国キーストン・ナチュラル・ホールディングス(ペンシルベニア州)を9月末に子会社化した。米国で健康意識の高まりを背景に大豆など植物由来食品の需要が膨らんでいるのに対応する。
取得金額は約155億円。ハウス食品はカレー専門店の壱番屋を300億円超で子会社化したのをはじめ、香辛料製造のギャバン、でんぷん麺製造のマロニーなどを傘下に収めてきたが、海外M&Aとしては今回のキーストンが過去最大となる。
サントリーホールディングスから「やきとり大吉」を展開するダイキチシステム(大阪市)を子会社化するのは鳥貴族ホールディングス。取得金額は非公表。ダイキチは直営店を持たず、約500店舗をすべてフランチャイズ運営し、駅から離れた小・中商圏に立地する。これに対し、「鳥貴族」(約600店舗)は駅前の繁華街など中・大規模商圏を中心とし、補完関係が期待できるとの判断だ。
クリエイト・レストランツ・ホールディングスは、JT傘下で関東を中心にベーカリー事業を手がけるサンジェルマン(横浜市)を子会社化することを決めた。取得金額は23億6200万円。クリエイトは「磯丸水産」「しゃぶ菜」など外食事業を展開するが、ベーカリーを新たな事業の一つに位置付ける。
サンジェルマンの店舗数は78(8月末)。2021年12月期は売上高90億円、営業赤字5億8200万円で、この時点で約39億円の債務超過。JTは加工食品事業への進出に伴い、2002年にサンジェルマンを傘下に収めた。
長野県を地盤とする八十二銀行と長野銀行は2023年6月に経営統合することで基本合意した。八十二銀行を存続会社として株式交換を行う。歴史的な低金利や人口減少などで事業環境が厳しさを増す中、経営の効率化や新たなビジネスモデルの構築を進め、生き残りを目指す。
地方銀行では再編の動きが相次いでいる。今年4月に青森銀行とみちのく銀行、10月3日には愛知銀行と中京銀行がそれぞれ経営統合による共同持ち株会社を設立した。
海洋土木大手、東洋建設のTOBを巡る動きは小康状態が続いている。任天堂創業家の資産運用会社であるヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(東京都港区)は9月30日、東洋建設に提案しているTOBの開始時期を11月に延期すると発表した。6月下旬の予定を9月下旬に変更していたが、東洋建取締役会の賛同が得られておらず、再延期となった。
これに対し、東洋建設は「ヤマウチ側との相互理解や当社の企業価値向上に関する協議にはさらに一定の時間を要すると判断している」との見解を公表した。
◎9月M&A:金額上位(10億円以上)
1 | ニコン | ドイツの3DプリンターメーカーSLMソリューションズ・グループを子会社化 | 840億円 |
2 | ALBERT | アクセンチュア(東京都港区)がALBERTをTOBで子会社化 | 424億円 |
3 | タカラレーベン | タカラレーベン・インフラ投資法人をTOBで非公開化 | 353億円 |
4 | レーサム | 香港投資ファンドのオアシス・マネジメントがレーサムをTOBで子会社化 | 312億円 |
5 | 阪急阪神ホールディングス | インドネシアで大規模商業施設「セントラルパークモール」の取得を目的に現地社を子会社化 | 281億円 |
6 | SBIホールディングス | 住宅ローン事業のアルヒをTOBで子会社化 | 262億円 |
7 | ハウス食品グループ本社 | 豆腐・植物由来の肉代替製品(PBF)製造の米国キーストーン・ナチュラルを子会社化 | 155億円 |
8 | ダイオーズ | 投資ファンドのインテグラル(東京都千代田区)と組んでMBOで株式を非公開化 | 110億円 |
9 | アイ・テック | MBOで株式を非公開化 | 99.6億円 |
10 | ローランド | 米国の楽器メーカーDrum Workshopを子会社化 | 92.5億円 |
11 | ミンカブ・ジ・インフォノイド | Zホールディングス傘下のLINEからlivedoor事業を取得 | 72億円 |
12 | 市光工業 | 自動車ミラー事業を英国SMRに譲渡 | 約52億円 |
13 | 住友林業 | 住宅メーカー向けにコンポーネント事業を展開する米国Structuralを子会社化 | 約36億円 |
14 | クリエイト・レストランツ・ホールディングス | JT傘下でベーカリー事業のサンジェルマン(横浜市)を子会社化 | 23.6億円 |
15 | 大成ラミック | 包装フィルム製造のマレーシア子会社を現地社に譲渡 | 19.7億円 |
16 | ヨシムラ・フード・ホールディングス | 冷凍食品製造の細川食品(香川県観音寺市)など2社を子会社化 | 11.4億円 |
17 | ロコンド | アディダスジャパン(東京都港区)からスポーツブランド「Reebokブランド」の国内事業の一部を取得 | 11.3億円 |
18 | ベクトル | メディア事業のターミナル(東京都目黒区)からデジタル広告事業を取得 | 11億円 |
文:M&A Online編集部