2022年5月のM&A件数(適時開示ベース)は前年同月比11件増の78件で、1月以来4カ月ぶりに前年を上回った。年明けにオミクロン株の一時流行、その後はウクライナ危機、急激な円安が続いているが、ひとまず失速を免れた格好だ。ただ、国内案件が堅調に推移する一方、国境をまたぐ海外案件は低調なままで、こうした構図に変化は見られない。
取引金額(公表分を集計)は4680億円。TOB(株式公開買い付け)に最大1680億円を投じる近鉄グループホールディングス(HD)の案件を含めて、100億円を超えるM&Aは11件あり、2月と並んで今年最も多かった。
上場企業の適時開示情報のうち、経営権の移転を伴うM&A(グループ内再編は除く)について、M&A Online編集部が集計した。
5月のM&A78件の内訳は買収66件、売却12件(買収側、売却側の双方が発表したケースは買収側でカウント)。このうち海外案件は12件(買収5件、売却7件)だった。
1~5月累計件数は前年同期を10件下回る385件。国内案件が前年同月比8件増327件に対し、海外案件は同18件減の58件。このうち海外案件については日本企業による買収と売却(買い手が海外企業)が各29件で拮抗している。
海外案件では昨年まで日本企業による買収件数が圧倒的に優勢だったが、ここへきて形勢が逆転しかねない情勢にある。ウクライナ危機による地政学的リスクの高まりや急激な円安が足かせになり、日本企業の海外M&A投資に慎重姿勢が広がっていることが考えられる。
金額トップは近鉄グループHDの案件。国際物流大手で株式47%余りを保有する持ち分法関連会社の近鉄エクスプレスをTOBを通じて完全子会社化するもので、買付代金は最大1680億円。近鉄グループHDとして過去最大のM&Aとなる。
近鉄グループHDは鉄道を中心とする鉄道、不動産、流通、ホテル・レジャーを4本柱とするが、コロナ禍が直撃して苦境に陥った。2021年3月期は売上高が6900億円とコロナ前に1兆1200億円から約4000億円落ち込み、621億円の営業赤字を計上した。
一方、近鉄エクスプレスはコロナ禍の中で業績を大幅に伸ばし、直近の2022年3月期は売上高9800億円、営業利益624億円と近鉄グループHDを圧倒する。B‐C(対消費者)事業がメインの近鉄グループHDとしては、安定的な収益が見込めるB‐B(企業間)事業を取り込み、グループ全体の事業基盤を強固にする狙いがある。
取引金額100億円以上のM&A11件中、6件を占めたのがMBO(経営陣による買収)を含むTOB関連。
巻き上げ機メーカー大手のキトーは米国の同業大手クロスビーと経営統合することで合意した。クロスビーの親会社である米投資ファンドKKRがキトーにTOBを行い、非公開化したうえで統合新会社「キトー・クロスビー」を発足させる。TOBは10月末にも始める予定で、買付代金は約564億円。
キトーの海外売上高比率は約75%。クロスビーとは製品や市場で補完関係にあり、グローバル企業として競争力向上を目的としている。統合新会社の拠点は日米に置く。
キトーは2003年にMBOで非公開化し、事業再構築を経て4年後の2007年に再上場した経緯がある。再び株式市場からの退場を決断する異例のケースだが、経営の指揮をとる創業家のリーダーシップによるとみられる。
MBOはコマニーの1件。創業家の資産管理会社であるコマツコーサン(石川県小松市)がTOBを行い、全株取得を予定する。買付代金は最大172億円。主力事業の間仕切りを巡ってはオフィス家具、シャッターメーカーなど異業種の参入で競争が激化している。事業構造の改革や成長戦略を推し進めるには短期的な業績や株価動向にとらわれない体制が望ましいと判断。1989年以来の上場(名証2部を経て現在、東証スタンダード)に別れを告げる。
コマニーは1961年に小松キャビネットとして設立。1965年に間仕切り専業メーカーとなり、オフィス、工場、医療・福祉、学校向けに製品を展開し、業界トップクラスに成長した。
TOBを介さない上場企業の子会社化もあった。AOKIホールディングスは複合カフェ「自遊空間」を手がけるランシステムの株式50.71%を第三者割当増資引き受けなどで取得し、子会社化すると発表した。複合カフェは飲食以外に、漫画喫茶、インターネット喫茶、ゲーム喫茶、ワークスペース、ビリヤードなどの軽スポーツが楽しめるといったサービスを提供する業態のこと。
AOKIは紳士服業界2位だが、多角化部門のエンターテインメント事業で複合カフェ「快活CLUB」を展開しており、新たな顧客層の獲得や新コンテンツの開発などで相乗効果を期待している。取得価額は約8億8800万円。
ランシステムの2021年6月期業績は売上高49億1000万円、営業赤字6億3300万円。コロナ禍の影響で売上高は2019年6月期に比べ約4割減少し、経営の立て直しに迫られている。
◎5月M&A:金額上位の案件(10億円以上)
1 | 近鉄グループホールディングス | 近鉄エクスプレスをTOBで子会社化 | 1680億円 |
2 | キトー | 吊り具メーカーの米クロスビーと経営統合(クロスビー側がTOBを実施) | 564億円 |
3 | スクウェア・エニックス・ホールディングス | ゲーム開発の海外2社とソフト資産の一部をスウェーデンEmbracer Groupに譲渡 | 389億円 |
4 | SOMPOホールディングス | ブラジル子会社の保険事業をドイツ保険大手Talanxに譲渡 | 319億円 |
5 | ディー・エヌ・エー | 医療ICTベンチャーのアルム(東京都渋谷区)を子会社化 | 292億円 |
6 | セコム | 中堅警備業のセノン(東京都新宿区)を子会社化 | 270億円 |
7 | リニューアブル・ジャパン | 日本再生可能エネルギーインフラ投資法人をTOBで非公開化 | 230億円 |
8 | 島津製作所 | 日本水産の上場子会社である日水製薬をTOBで子会社化 | 176億円 |
9 |
コマニー | MBOで株式を非公開化 | 172億円 |
10 |
SBIホールディングス | リミックスポイント傘下で暗号資産取引所運営のビットポイントジャパン(東京都港区)を子会社化 | 127億円 |
11 | マーキュリアホールディングス | 包装関連設備のミューチュアルをTOBで非公開化 | 116億円 |
12 | 品川リフラクトリーズ | フランス素材大手のサンゴバンからブラジル事業と米国事業を取得 | 96億円 |
13 | エクシオグループ | IT機器メンテナンスサービスのシンガポールProcurriを子会社化 | 76億円 |
14 | 旭化成 | フォトマスク用保護膜事業を三井化学に譲渡 | 74億円 |
15 | ビ―ロット | 不動産賃貸の東観不動産(東京都千代田区)を子会社化 | 23億円 |
16 | フリー | 税理士向けクラウドサービスのMikatus(東京都中央区)を子会社化 | 20.7億円 |
17 | ピアズ | 通信業界向け人材派遣のウィル(横浜市)を子会社化 | 11.9億円 |
文:M&A Online編集部