M&A(企業の合併や買収)が世界的に過熱しています。買収した企業の利益で買収代金を回収するのに何年かかるかを示す「EV/EBIDA倍率」は、2017年に1995年以降で最大の19倍を記録し、2018年も17倍台と高止まりが続いています。世界的なカネ余りによって、買収価格が上昇しているのです。
買収に関して経営者や投資家が気になるのは、株価への影響です。M&Aが報じられた場合、売り手(被買収企業)や買い手(買収企業)の株式を持っていたらどうなるのでしょうか?
今回は、「M&Aと株価との関係」について解説します。
M&Aとは、Merger(合併)とAcquisition(買収)の頭文字を取ったもので、相手企業の株式=議決権の過半(支配力)を握る行為です。M&Aの手法はさまざまですが、ここでは株価に影響を与える主なM&A手法をご紹介します。
TOBとはTake Over Bid(株式公開買い付け)の略で、上場企業の発行する株式を、通常の市場売買ではなく、市場外で相手方の株主から株式を買う方法です。TOBは不特定多数の株主に対して買付けの申込みや売付申込みの勧誘をします。TOBは、さまざまな株主が保有している株式を効率よく集めることができるので、売り手と買い手の価格のズレがありません。
株式交換とは、自社株を相手方の株主に与える方法です。借入金などファイナンスの必要がなく、スピーディーに買収を進められるという利点があります。
M&A(企業買収)では、取得する株式数によって権力が変わります。対象会社を子会社化するために、最低でも過半数の取得を目指します。大きく分けると以下のようになります。
1. | 3分の1を取得 | 重大な決定事項を拒否できる |
2. | 過半数を取得 | 普通決議による決定事項(社長をはじめとする役員の選任など)を自由に決められる |
3. | 3分の2以上を取得 | 特別決議による決定事項(会社を解散・合併など)を自由に決定できる |
次に、M&Aが株価に与える影響について、見ていきましょう。
会社が買収されるのは、業績や事業内容に魅力があるからです。上場企業の買収では、株価をもとにプレミアムを上乗せした買収価格が決定されます。プレミアムは買収する側にとって、売り手側の株式を効率的に買い集めるためのコストで、株価に対して30~50%程度上乗せされるのが一般的です。
株価も買収価格に沿って動きます。そのため、株価よりも高い値段でM&Aが実施された場合、株価も上昇します。
ただし、100%株価が上がるわけではありません。買収後の成長や業績によって株価は変化します。M&Aによってシナジー効果が見られない場合は、株価が下落するケースもあります。
買い手側(買収企業)の株価は、上がるか下がるかわかりません。M&Aに対する市場の評価によって変動するからです。一般的に、買収する企業は資金を豊富に有しており、成長イメージがあります。実際、それなりの資金がなければ買収できません。
たしかに新しい事業を立ち上げたり、規模を拡大したりするに、M&Aは有効な手段です。その場合は、会社の規模や売上が飛躍するので、株価が上昇する要因です。
しかし、大規模な企業同士では、かえって株価を下げる要因になることがあります。大規模な買収では巨額の資金が動くからです。中には多額の借り入れをした上で買収を実施することもあります。最近の例では、武田薬品工業<4502>のケースがあります。
武田薬品工業によるアイルランド製薬大手シャイアーの買収は、2018年にもっとも話題になったM&Aです。同社は国内最大となる総額460億ポンド(約6兆6000億円)でシャイアーを買収しました。4兆円は新株発行で対応するものの、約3兆円は借り入れや社債で賄います。
その結果、武田薬品工業は巨額負債による財務悪化が意識され、買収検討が表面化した2018年3月から年末まで、株価は約3割下落しました。
では、武田薬品工業の株式を持っている場合、M&Aをどのように評価すればいいのでしょうか?これは、投じた資金を買収先企業(シャイアー)の何年分の利益で回収できるか示すEV/EBITDA倍率を目安にします。
計算式は次の通りです。
・EV/EBITDA倍率 = EV ÷ EBITDA
・EV = 時価総額 ネット有利子負債(有利子負債 ー 現金・現金同等物)
・EBITDA = 税引前利益支払利息 減価償却費
EVをEBITDAで割った値が、EV/EBITDA倍率です。EV/EBITDA倍率が10倍なら、10年で資金回収できることを意味し、短いほどいい買い物をしたことになります。
今回の武田薬品工業によるシャイアー買収のEV/EBITDA倍率は、11倍程度でした。製薬業界のM&Aは13~14倍が多いとされているので、EV/EBITDA倍率から見ると割安で合理的な戦略です。
今後は、武田薬品工業が世界と伍して戦える存在になり、業績を伸ばせるかどうかが注目されます。
M&Aは、経営陣の同意を得て行う「友好的買収」がほとんどです。しかし上場企業では、経営陣の同意を得ない「敵対的買収」が実施されることもあります。
敵対的買収とは、買収者が対象企業の同意を得ずに、買収を仕掛けることです。上場企業の株式を取得するには、市場で購入する他に、相対取引もしくはTOB(株式公開買付け)があります。
とくに株主総会の同意を得ないでTOBを行う場合を、「敵対的TOB」といいます。世界的に敵対的買収は活発化していて、2018年は26件と19年ぶりの高水準になりました。敵対的買収増加の背景には世界的なカネ余りがあります。
景気や株価が過熱する局面では、企業のリスクテイク(積極的にリスクを取ってリターンを目指すこと)が活発化し、敵対的な手法でも強引に買収を進めようとすることがあるからです。
敵対的TOBは1980年台後半に増え、米コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)が1989年にRJRナビスコを約300億ドル(約3兆3000億円)で買収した事例が有名です。ただ、2000年代に下火になり、2008年のリーマンショック後は、年一桁台にまで減少していました。
しかし、世界的な景気回復から2018年の敵対的買収の成立件数は26件*と、1999年(42件*)以来の高水準となったのです。*日本経済新聞2019年5月17日付「敵対的買収、再び高水準 昨年19年ぶり件数」より
敵対的買収は買収価格が上昇しやすく、それに伴う減損(資産の損失)リスクもあります。仕掛ける方の企業が巨額の減損処理を強いられることもあるので、注意が必要です。
今回は、M&Aが株価に与える影響について解説しました。まとめると以下の通りです。
売り手=被買収企業、買い手=買収企業
売り手 | 買収される企業にとって、M&Aは基本的に株価にとってプラス(+)要因です。とくに敵対的買収の場合は、市場価格にプレミアムがついた値段で買収価格が決定されるので、株価上昇要因になります。 |
買い手 | 買収企業の株価は評価がわかれます。大型買収に関しては、多額の借り入れで行う場合があるので、株価下落要因になります。とくに敵対的TOBでプレミアムが大きく上昇した場合は、マイナス(ー)要因になります。ただ、市場の評価とは別に、EV/EBITDA倍率で割安と判断されれば、長期的には株価が上昇に転じる可能性があります。 |
M&Aによる株価に関しては、短期的にマーケットに振らされることがあるものの、中長期的に企業業績などのファンダメンタルがどうなるかが大切です。株価の値動きに一喜一憂することなく、M&Aによるシナジー効果がどの程度あるのかを見極めるようにしましょう。
文:M&A Online編集部