【M&A判例】労組解散目的は不当解雇では「佐野第一交通事件」

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佐野第一交通事件~子会社解散による労働組合員の解雇と「法人格否認の法理」が争われた裁判例

原審 大阪地方裁判所堺市部 平成18年5月31日
控訴審 大阪高等裁判所 平成19年10月26日

企業再編のため、子会社を整理するケースがあります。親会社が子会社を解散させたとしても、子会社の従業員を引き継がねばならない法的義務はありません。しかし「子会社の労働組合を壊滅させる」などの不当な目的をもって子会社の解散が行われた場合、親会社は「法人格否認の法理」によって、子会社の雇用関係の責任を負わねばならない可能性があります。

今回ご紹介する事案は、買収した子会社の労働組合員を解雇する目的で子会社を解散させ、その効果が争われた判例です。本件は、子会社の解散による子会社従業員の解雇が、「法人格否認の法理によって無効である」と判断されました。

事案の概要

佐野第一交通事件には、親会社である「第一交通産業(本社:北九州市)」とその子会社であるタクシー会社「佐野第一交通」、佐野第一交通の事業を引き継いだ「御影第一」が登場します。

第一交通産業は2001年にタクシー会社7社を買収しましたが、そのうちの1社である佐野第一交通の労働組合の力が強く、グループ経営の妨げになると考えました。そこで労働組合を壊滅させるべき不当労働行為ともいえる行為をしましたが、佐野南海労働組合はつぶれませんでした。

そこで組合を解散させる目的で佐野第一交通を解散させ、佐野南海労組から脱退した従業員は「御影第一」という別の子会社に引き継がせたのです。

佐野第一交通から御影第一に移れなかった労働組合員らは職を失います。そこで、「本件の子会社解散は法人格の濫用であり、法人格否認の法理によって無効となる」と主張。親会社である第一交通産業や兄弟会社である御影第一に対し、雇用関係の確認と未払い賃金の支払いや慰謝料などの損害賠償を請求しました。

第一交通産業側は争い、雇用関係や損害賠償義務を否定したため、訴訟となりました。

本件の原告は佐野第一交通で雇用されていた労働組合員ら、被告は第一交通産業と御影第一です。

争点

本件の争点は「法人格否認の法理」によって原告らの解雇が無効となり、親会社である第一交通産業や兄弟会社である御影第一が雇用を引き継がねばならないのか、という点です。

法人格否認の法理とは

「法人格否認の法理」とは、法人が形骸化していたり法人格が不当に濫用されたりしたときに「独立した法人格を認めない」という法律論です。

法律の原則として「会社法第3条で規定されているとおり、「法人」にはそれぞれ独立した人格が認められ、それぞれ別個に従業員を雇用しています。第一交通産業と佐野第一交通も親子会社とはいえ別法人なので、佐野第一交通が解散されて従業員が職を失ったからといって、親会社である第一交通産業が雇用を引き継ぐ義務はありません。

ところが、ときには法人格の独立を貫くと不当な結論になるケースがあります。

例えば、同じ人が形骸化した法人を利用して不当な行為を行った場合や、本来の目的とは外れた目的で法人格を濫用した場合などです。

こういった事情があると、法人格が独立しているという原則を曲げて「法人格を否認」し、別法人を利用した行為の効果が否定される可能性があります。それが「法人格否認の法理」です。

法人格否認の法理の類型

法人格が否認される類型には「形骸型」と「濫用型」の2種類があります。

・形骸型:法人とはいっても個人営業であって、実体がないなど法人が形骸化している場合
・濫用型:法人格を濫用して不当な行為に利用する場合

本件では第一交通産業が「親会社と子会社は異なる法人である」という法人格に関する原則論を利用して、佐野第一交通の労働組合を無理やり解散させました。このような「不当な目的」による子会社解散と解雇は「法人格否認の法理」によって無効になるのではないか、争点となったのです。

裁判所の判断

本件の一審である大阪地方裁判所堺市部、二審の大阪高等裁判所はどちらも従業員側の主張を認めましたが、認容された範囲は異なります。

一審は従業員と兄弟会社である「御影第一」との雇用関係を認め、親会社である「第一交通産業」との雇用関係は否定しました。

一方で高裁は「御影第一」との雇用関係は否定し、親会社である「第一交通産業」との雇用関係を認めました。上告や上告受理申立てが行われましたが認められず、高裁の判断内容が確定しています。

なぜ高裁が第一交通産業との雇用関係を認めたのか、理由をみてみましょう。

本件は形骸型には該当しない

佐野第一交通はもともと第一交通産業とは別のグループに属していた会社であり、買収後も財産や収支は第一交通産業とは区別して管理されていた事情などから、第一産業の法人格が完全に形骸化していたとはいえないと判断され、法人格否認の法理の類型である「形骸型には該当しない」と認定されました。

濫用型に該当する

一方で高裁は「親会社が子会社の法人格を意のままにして実質的・現実的に支配し、子会社の労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的を達するために子会社を解散したなど、法人格が違法に濫用された場合」「濫用の程度が顕著かつ明白」であれば、子会社の従業員は、直接親会社へ雇用契約上の権利を主張することができる、と規範を立てました。

その上で、第一交通産業は佐野第一交通を支配しており、不当な目的で解散を行ったので、濫用型の法人格否認の法理が適用されると認定しました。

御影第一との関係について

高裁が御影第一との雇用関係を否定した理由ですが、確かに解散された子会社と事業を引き継いだ別子会社との間に「高度の実質的同一性が認められる」場合などには、別子会社への雇用引き継ぎを主張できる可能性があります。

ただし本件では以下のような事情があるため、御影第一への雇用引き継ぎは認められませんでした。

・佐野第一交通を支配していたのは御影第一ではなく親会社である第一交通産業であった
・佐野第一交通の労働組合を不当に壊滅させる目的をもっていたのは御影第一ではなく第一交通産業であった
・法人格を濫用して利益を図ろうとした直接の当事者である 第一交通産業が、まずは責任を負担すべきである
・佐野第一交通と御影第一とでは本社所在地、設立時期、設立経緯、営業内容、財産関係など大きく異なっており、高度の実質的同一性があるとは言い難い
・第一交通産業が雇用に関する責任を負う以上、佐野第一交通との関係が薄い御影第一に法人格濫用の法理を適用する必要はない

以上より、高裁は第一交通産業との雇用関係を認め、御影第一との雇用関係を否定しました。

    佐野第一交通事件の講評

    本件のポイントは以下の2つと考えられます。

    ・親会社による子会社解散が法人格濫用となり、親会社が子会社の雇用を引き継がねばならない可能性があること
    ・兄弟会社への引き継ぎよりも親会社による引き継ぎが認められる可能性が高いこと

    子会社の労働組合を解散させるためなどの不当な目的で子会社を解散させても、解雇の効果が認められない可能性が高くなります。子会社を解散する際には、従業員の処遇に十分配慮する必要があるといえるでしょう。

    文:福谷陽子(法律ライター)

    慣習に倣い、文中の判例は全て和暦で表記しております