撤退戦略としてのM&A

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撤退型M&Aの特徴

今回のテーマは「撤退」戦略です。撤退はこれまで日本企業にとって、最も苦手な意思決定の一つと言われてきました。清算にしても、売却にしても、「経営の失敗」と評価されることの恐怖(恥)。また、これに伴い実際に生じる様々な痛み(特に雇用に関する事案など)が、撤退の判断を迷わせる大きな要因と考えらえます。

しかし、経営環境変化のスピードが劇的に変化してくる中、撤退の判断を誤った場合の深手はさらに大きくなり、企業全体を揺るがしかねないことは、すでに多くの人が指摘するところです。

最近では、かなり早いタイミングでの戦略的な事業売却の事例も国内において増えてきました。結果的にはこうした早い決断が従業員の雇用維持等、できる限り痛みの少ない撤退につながっているように思えます。

トランザクションの特徴・ディールブレークイシュー

撤退の検討において重要なポイントは、案件の性質に応じて多くありますが、特に次のような点の検討が論点となります。

売却の範囲の検討:撤退するべき事業はどの範囲とするのか、という問題。関連製品や、アフターサービス等の周辺ビジネス等で、他の事業と経営資源を共有しているものをどう切り離すかという問題が最も難しく、また買い手候補との重要な取引条件にもなります。

スタンドアローン事業計画の策定:上記の売却の範囲と関連して事業を切り離した場合に、例えばこれまで本社機能に頼っていた間接機能を自前調達したら一体どれくらいのコストが追加でかかるか、といったスタンドアローン事業計画の策定が大きな問題となります。

コスト面でなく、これまで親会社の販売チャネルに頼ってた事業が、自前になっても本当に売れるのかなど、事業の切り離しにおいては、とても多くの検討事案が発生します。案件によっては、結局のところ対象事業が、赤字なのか黒字なのか、買い手も厳密にはわからないまま(事業部門として、管理会計しかないため、独立したエンティティ―になった時にどうなるかが厳密には分からない、という場合)に、ビジネスモデルや業界ポジションを根拠に「えいや!」とばかりに取引が行われることさえもあると聞きます。

取引スキーム

対象事業が、法人各としてひとつ(または複数)の子会社に完全に集約されている場合は、売却は比較的スムーズに実行することが可能になります。単純な子会社売却になるためです。しかし、売却対象事業の範囲と、会社の法人格が一致していない場合、事業譲渡会社分割等のスキームで、対象範囲を切り出すことが必要になるため、これらの検討や手続きには、法務、会計、税務の高度な専門知識と経験が必要となります。

したがって、事業売却においては、取引スキームは、買い手候補との重要な交渉論点の一つとなります。また、帳簿上は切り離すことが可能な資産でも、実際には物理的に分離が不可能な資産がある場合(工場の敷地等)には、そもそも意図した売却が物理的に不可能になることもあります。このような点は、売却検討の初期の段階でできる限り明らかにする必要があります。

PMIのポイント

完全売却が実現すれば、基本的にはPMIは新たな買い手が担うことになりますが、顧客への一定期間の商品供給責任が生じる場合、人材の交流が続く場合、一部資本が残る(または再出資)場合など、撤退後も一定期間関与が必要な場合があります。このような場合は、関与を完全に終了する期限や条件をあらかじめ契約で明確にした上で、できる限り前倒しでこれらを実行し、撤退を完全に完了させることが重要と思われます。

次回は、チャレンジャー、ニッチャー企業が取るべき「起死回生(再成長)型のM&A」についてコラムを書いてみたいと思います。

本記事は、IGNiTE CAPITAL PARTNERS ホームページより転載しております