新市場を創出する買収とは 松本茂・京都大学教授に聞く

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松本茂・京都大学経営管理大学院特命教授

外資投資銀行などで、海外企業とのクロスボーダーM&A案件に助言してきた経験を持つ、松本茂・京都大学経営管理大学院特命教授は「日本企業のM&Aは成功が増え、新たな段階に入った。買収でさらに利益成長を実現するためには、事業の組み合わせで新たな市場を創出する新結合の経営戦略が必要」と訴える。同教授に2021年のM&Aを振り返っていただき、大企業が今後取るべきM&A戦略について語っていただいた。

活況を呈するM&A

-2021年の国内M&A件数(東証適時開示情報のうち、経営権の移転を伴う案件)は、昨年を上回り、この10年では最多となっています。コロナ禍の中、M&Aが活発なのはどのような理由があるとお考えですか。

2021年の日本企業のM&Aは活発というよりも、件数、金額ともに、元に戻ったという感じだ。1月から10月までの件数は、国内海外合わせて約3500件、総額は14兆5000億円、うち海外買収は約500件、総額は約6兆円だ。今世紀に入った過去20年の海外M&Aの総額は120兆円で、年平均は6兆円だったことから平年並みといったところだ。

一方で、世界全体のM&Aの総額は9月時点で約500兆円に達し過去最高のペースだ。その半分は米国で、日本企業のM&Aは金額ベースで世界の3%程度。世界のM&Aが大きく伸びているので、日本のM&Aは戻ったと言っても物足りない感がある。

-世界でM&Aが活発なのは、なぜなのでしょうか。

M&Aにマネーが流入している。世界の半分を占める米国では事業を営まないSPAC(特別買収目的会社)が上場し、有望なスタートアップ企業と合併している。スタートアップにとっても早期に上場が実現でき、メリットが大きい。このSPACに50兆円ほどのお金が集まっている。EV関連など新たなビジネスが加速度的に成長する可能性がある。

また米国を中心にプライベートエクイティ(機関投資家などから集めた資金を基に未公開株を取得し、企業価値を高めたうえで売却するファンド)を通じた買収も活発だ。日本の機関投資家もオルタナティブ投資(伝統的な投資対象とは異なる対象への投資)を増やしている。マネーがM&Aに流入する仕組みや仕掛けが拡大しM&Aの件数や金額が伸びている。

SPACについては日本でも導入の議論があります。

SPACについては問題点の指摘もあるが、少なくともこの買収を目的とした空箱に膨大なお金が集まることが、米国の事例から明らかになった。また、GEやJ&Jなどコングロマリットと言われる大企業が事業の分割上場を発表した。この動きも今後、M&Aが増える要素と見ている。

-日本でも東芝の事例がありますね。

これまで日本では事業売却が進まなかった。大手電機メーカーが事業売却を進めている例もあるが、全体で見ると経営者は売却に積極的ではない。しかし、分割上場が増えると対象事業の実力と価値がより明確になり、買収に手を挙げる企業は公開買い付けを提案することができる。これまで、コングロマリット企業の経営陣の手の中にあった売却の判断が、株主により近いところで検討されることになる。

そして、日本でも敵対的買収が成立するケースが増えてきた。現経営陣よりも自社の方が企業価値を向上できると主張することに躊躇しない企業経営者が出てきた。これはM&A本来の姿で、支配権にプレミアムを払う根拠でもある。この動きも今後加速するだろう。また、日本でもCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設定してスタートアップに投資する動きも拡がってきた。こうした状況から2022年は日本企業のM&Aは件数、金額とも大きく伸びると見ている。

買収による新たな市場の創出―戦略は買収に従う

-M&Aが増えるということは、日本企業の競争力が高まるとみてよいのでしょうか。

私のリサーチでは、日本企業による海外M&Aは草創期で半数近くが失敗であったが、今世紀に入った発展期では買収後に利益成長を実現する成功が増え、失敗の割合が減少していた。日本企業はM&Aの経験を積んで、ようやく何か掴み始めたのではないだろうか。

M&Aの件数や金額が増えているのは、マネーの流れだけが理由ではない。M&Aが企業経営に定着し、成長戦略を描く上で買収が欠かせない企業行動になったからだ。今までは大きな戦略を掲げたあと、目の前に出てきた案件の買収を検討するケースが多かったが、企業経営における戦略と買収の関係も変化してきた。

実際に、買収を実行すると業界内での立ち位置や影響力に変化が生じる。また、人材や技術、顧客基盤といった経営資源を拡充することになる。競争優位、そしてリソースベースの戦略論の両方から眺めても、買収は企業に新たな戦略を求めることになる。それに気付いた企業が買収で自ら競争の局面を変えることで成功している。従来の大きな戦略ありきではなく、買収を重ねることで戦略を新たにして競争する、すなわち「戦略は買収に従う」ということだ。

さらに、新たな買収モデルを試みる企業が増えた。類似企業を買収する従来の水平結合モデルでは規模の経済性を発揮し、固定費を下げることで相乗効果を狙ってきた。しかし、最近では自社事業に隣接する製品やサービスを買収し、システムやモジュールとして組み合わせることで、付加価値を高め増収を狙う混合結合モデルが増えてきた。

-買収のスタイルが伝統的なものから徐々に変化してきているわけですね。

この混合結合では、ベンチャーを買収して新市場の形成を試みる企業も現れた。リクルートは米国のインディードを買収して求人情報に特化した検索エンジンを2012年に手に入れた。その後、求人や仕事探しはインターネットの利用が急速に拡大し、リクルートは人材派遣、人材メディアに次ぐHRテクノロジーという事業を自社の柱を育てた。ベンチャーを買収して新たな市場を創るという動きだ。

グーグルの創業から20年は、まさにこの混合結合による新市場の形成であった。祖業は検索エンジンだが、後にグーグルマップとなるキーホール、動画のユーチューブ、スマートフォンOSのアンドロイドなど、200を超えるスタートアップの買収によって、現在の強大なデジタルプラットフォームを築いた。そして、グーグルが創り出した新たなデジタル広告の市場は今や伝統的なマスコミ広告を規模で追い越す勢いである。

-日本でもこうした新しい結合の形が重要ということですね。

最近の大型M&Aを見ても、日立製作所のグローバルロジック買収やパナソニックのブルーヨンダー買収は、自社のハード事業に隣接するソフトウエアやサービスを獲得し融合させることで成長を試みているように見える。これは製品群を拡張することで顧客に新たな価値を提示し、新市場を創造して増収を狙う取り組みである。成長を意識した買収で従来型の規模を追う水平結合と異なる。買収先を検討する際の考え方が変化してきた。

M&A4.0とは

-日本の産業を考えると製造業が大きな力を持っています。今後ハードの企業がソフトの企業を買収するという事例が増えそうですか。

現在、買収件数が最も多い業種は日本でも米国でもテクノロジーセクターだ。これまで製造業企業は、同業企業を買収、合併することが多かった。しかし、この水平結合の買収は短期的なコスト削減はできても、長期的な成長につながったケースは少ない。

日本企業のM&Aは進化し新たな段階に入った。これまで、国内の業界再編を目的にした買収、合併からスタートし、その後、海外進出を目的に現地企業の買収が続いた。そして、自社製品と隣接する事業を買収して製品群を拡張する動きが進んだ。さらに、今、スタートアップへの投資でイノベーションを模索する動きも本格化してきた。この20年、製薬や生損保業界の企業はまさにこの道を歩んできた。

-M&Aの4段階目となるわけで、M&A4.0といったような感じですか。

そうだ。これからはこの4段階の買収を掛け合わせることで利益成長を目指すことになる。また、それに対応した組織設計も求められる。たとえばスタートアップに投資する場合、自らスポンサーとして、スタートアップの自主性を尊重し研究開発を上手く引き出すことができるかがポイントとなる。グーグルに買収されることが決まるとスタートアップのマネジメントや技術者は喜ぶ。なぜなら買収された後は、売り上げや資金調達のことを心配しなくて済み、グーグルの十分なサポート体制のもと製品開発に専念できるからだ。スタートアップのエコシステム(成長分野でのピラミッド型の産業構造)が機能している証左でもある。

このように、有力なスタートアップが、買収されたいと思う企業は日本にいくつあるだろうか。これからの日本企業は事業のロードマップを常に新たにして、テクノロジー系のスタートアップが進める製品開発をサポートする能力を磨いておくことが必要であろう。

最近、GAFAの寡占と買収について様々な議論があるが、寡占を目指すことは企業経営者の本能だ。買収時に企業経営者が「生き残りを賭けて」というのは寡占の側に残らなければ競争から脱落してしまう危機感の表われでもある。実際に、日本でも米国でも主要な業種で生き残っているのは、買収や合併を繰り返してきたしぶとい企業だ。海外M&Aで成功する企業が増えた今、買収でどのように新たな事業を組み合わせて既存市場の寡占を実現するか、または新市場を形成し、その成長と寡占を同時に実現するかという、新結合の経営戦略が欠かせない。従来型の買収とPMI(M&A後の統合プロセス)の考えを進化させる時だ。

【松本茂(まつもと・しげる)氏】京都大学経営管理大学院特命教授、城西国際大学大学院教授

神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。20年にわたり外資投資銀行などで、海外企業とのクロスボーダーM&A案件に助言。その後、同志社大学大学院准教授を経て現職。 著書に『海外M&A新結合の経営戦略』『海外企業買収失敗の本質 戦略的アプローチ』(東洋経済新報社)などがある。大阪府出身。

文:M&A Online編集部