なぜ今、M&Aの「公正性」が問われるのか 経産省が研究会発足

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Photo by Unsplash/Tingey Injury Law Firm

国内投資復権のカギを握る企業買収

経産省が研究会を発足

経済産業省は11月18日、M&A市場における「公正な買収の在り方に関する研究会」を発足した。企業買収の取引をめぐる公正性担保措置の重要性はこれまでも叫ばれてきたが、なぜ今、新たな論議の場が必要なのか。研究会の狙いからは、日本のM&A市場に横たわるドメスティックな課題を根本的に解決しようとする強い姿勢が読み取れる。

国内のM&A、TOBは増加傾向に

経産省が集計した2001年以降のデータによると、日本企業が関連するM&Aの件数は増加傾向で、2021年は最多の5,442件に達した。対象会社の経営陣の賛同を得ずに行われたM&A件数も不成立や撤回などを含め、最多の9件に上った。また、国内で届け出されたTOB(株式公開買い付け)件数も70件と過去10年で最も多かった。

同意なきTOB・競合的TOBの割合は少ない

一方、日本では対象企業の同意なきTOBと、当初の買収提案への対抗提案が出される競合的TOBが欧米に比べて少なく、競争性の低さが指摘されている。

経産省の事務局資料によると、2012~21年の日本のTOB累計件数(476件)は米国の584件に及ばないものの、英、独、仏を大きく上回る。半面、同意なきTOBと競合的TOBの割合はいずれも3%台と低く、同業種TOBも欧米諸国に及ばない。

M&A投資の海外流出が加速

日本のTOBは、ファンドやMBO(マネジメント・バイアウト)による意図的な上場廃止に用いられるパターンが多い。国内では買収を活用した国内での規模拡大、業界再編が進めにくいため、日本企業のM&A投資は不振企業の救済や買収提案が比較的受け入れられやすい海外の案件に偏っている。

国内向けと国外向けのM&A投資額の推移を見ると、2008~14年の7年間は国外4,022億円、国内2,962億円だったが、2015~21年は国外が7,010億円に急増。国内は3,917億円にとどまった。なお、2001年からの7年間は国内が5,267億円で、国外の1,820億円を圧倒。当時と比べると、国内のM&A市場は縮小したままということも分かる。

買収先と対象会社のリスク払拭が課題

買収提案が対象会社の反対を受ければ、買収後の経営に支障が出る恐れやレピュテーションリスクが生じる。買収防衛策が発動された場合は損失を被りかねないが、対象会社とその株主も買収提案を機に経営改革を進めるチャンスを逃がす可能性がある。また、買収による外部からの経営への規律が働きにくくなることも考えられる。

ただ、敵対的な関係に発展する可能性のある事案で濫用的・強圧的な買収者を許容すれば企業価値を毀損する買収が成立しやすくなってしまい、買収方法によっては買収提案を適切に評価する時間・情報を確保できない可能性も懸念される。

最高裁判所は2022年7月28日、複数の投資家に株を買われた老舗電線メーカーの三ッ星が予定していた有事導入型の買収防衛策の差し止めを決定。過半の株主の賛成を得た買収防衛策の発動を最高裁が差し止めたのは極めて異例で、買収者側の株主権を過度に制限したことを問題視した。現経営陣の保身とも受け取れる買収防衛策の在り方に大きな一石を投じた。

企業価値を高める買収提案を促進

研究会は敵対的TOBを念頭に、買収防衛策の必要性や発動の可否の考え方などを整理。企業価値を高める買収提案の活発化に主眼を置き、対抗措置を含めた当事者の行為規範を深掘りする。事業戦略の是非を問う買収が「脅威」と受け止められていない米国の状況なども参考に、M&Aによるリソース分配の最適化を加速させたい考えだ。

今後は月1、2回の会合を重ね、「買収」の用語定義や買収提案への対応に関する基本的な考え方について論議する。来春をめどに、新たな指針づくりや経産省が2019年度に策定した「公正なM&Aの在り方に関する指針」の改訂を目指す。

文:M&A Online編集部