世界的な投資ファンドであるLキャタルトンが、日本国内の外食産業への初投資として神戸牛レストランチェーン「吉祥吉ホールディングス」の株式の過半数を取得した。Lキャタルトンは、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンと戦略的パートナーシップを持つ、消費者ビジネスに特化した投資ファンドだ。彼らはなぜ、日本の外食産業、そして「吉祥吉」を選んだのか。今回のM&Aの背景にある戦略、そして「神戸牛」という世界に通用するブランドをいかにして成長させていくのか。Lキャタルトン・ジャパン合同会社の山口龍平氏、本町知貴氏、児玉隼平氏の3名に、その展望を伺った。
-貴社の事業内容、特徴や強みを教えてください。
山口 龍平 マネージング ディレクター(以下、山口): 私たちは日本に限らずグローバルで、消費者ビジネス、つまり消費財や消費者向けサービスに特化して投資を行うのが基本方針です。日本においても、その方針は変わりません。
-今回のM&Aを検討されたきっかけと経緯を教えてください。
山口: 今回が日本の外食産業への初めての投資となりますが、私たちは外食に限らず、強い商品やサービスを持つ会社に投資し、その潜在能力を最大限に引き出して成長を支援することを基本的な投資方針としています。吉祥吉ホールディングス(以下、吉祥吉)は、まさに「神戸牛」という強力なコンテンツをお持ちであり、私たちが探していた投資先に合致すると考え、関心を持ったのが始まりです。
-お相手に求める条件はどのようなことでしたか。
山口: やはり、強い商品やサービスを持っていることです。そして、その拡張性を考えたときに、「神戸牛」というキーワードは非常に光るものがありました。
しかし、それだけではありません。実際に赤木会長をはじめとする経営陣の皆様とお会いし、「神戸牛」という素材に負けないブランドを共に創り上げていきたいという強い情熱を感じました。
私たちと一緒に、そのビジョンを実現できる方々だと確信できたことが、今回ご一緒させていただく決め手となりました。
-お相手の企業価値をどのように評価されていましたか。
山口: 私たちが調査を進める中で、「神戸牛」というブランドが、特に海外の方々にとって想像以上に強力な魅力を持っていることを再認識しました。ブランド和牛の中でも神戸牛の知名度は突出しており、「日本に来たら絶対に食べたい」と考える方が世界中にいます。これは非常に強いブランドです。
ただ、現状では「神戸牛=吉祥吉」という認知にはまだ至っていません。私たちは、そこをイコールで結びつけることができれば、レストランブランドとして非常に強力なものになり、さらなる事業展開の可能性が広がると考えています。まさにその点、「『神戸牛といえば吉祥吉』を一緒に目指しましょう」とご提案させていただき、今回の提携が実現しました。
-トップ面談の印象を教えてください。
本町 知貴 バイスプレジデント(以下、本町): 吉祥吉は、赤木会長の強いリーダーシップのもと、経営陣が一体となって事業を推進してきた会社です。会長が会社を立ち上げ、ここまで大きくされてきたことに対して、社員の皆様が心から信頼し、ついていっている。その一体感が、この会社の成長の推進力になっていると感じました。
一方で、勢いよく成長してきたからこそ、組織としてさらに洗練させていくべき部分も存在します。そうした課題に対して、私たちが加わることで、次の成長ステージに必要な仕組みづくりを一緒に進めていけると考えています。
-どのようなシナジーを見込んでのご決断だったのでしょうか。
本町: 競争優位性という点では、まず「神戸牛」を日本で最も多く扱っているというスケールメリットが挙げられます。神戸牛を食べたいお客様が世界中から訪れる中で、その一番の受け皿となっているのが吉祥吉であり、ブランドの恩恵を最も享受できるポジションにいます。
また、神戸の三宮や元町、南京町(神戸の中華街)といった特定のエリアに集中的に出店する「ドミナント戦略」も、吉祥吉の成功パターンとして確立されています。神戸牛を求めるお客様が集まる場所をしっかりと押さえていることが、大きな強みです。
児玉 隼平 シニア アソシエイト(以下、児玉): 私たちは、日本の人口が減少していく中で、成長が見込めるトレンドとして「インバウンド」を重要視しています。政府も2030年までに訪日客6000万人という目標を掲げており、これは国策としてインフラ整備なども含めて推進される大きな流れです。このトレンドは一過性のものではなく、日本の消費者ビジネスにおけるメガトレンドだと捉えています。インバウンド需要を主なターゲットとする吉祥吉の事業は、堅牢性が高いと評価しました。
-具体的な協業内容や今後の展望についてご教示いただけますでしょうか。
山口: これまでは、インバウンド需要という追い風に乗り、高品質な神戸牛を提供できる数少ないプレイヤーとして急成長を遂げてこられました。私たちが加わったことで、今一度、自分たちの強みやお客様が本当に求めている価値を整理し、事業の軸を再定義していきたいと考えています。その行き着く先が「ブランドの構築」です。店舗数という数字だけを追うのではなく、ブランド価値から逆算して今やるべきことを一つひとつ実行していく。それが最優先事項です。
本町: 現在、吉祥吉は20を超える屋号を展開されていますが、お客様が食事を通じて得た素晴らしい体験や経験を蓄積していく「器」としてのブランドが分散してしまっている状況です。今後は、その受け皿となるブランドを経営陣と共にしっかりと作り上げていきたいと考えています。それが一つの統一された屋号になるのか、あるいはカテゴリーごとに複数のブランドを作るのかは、これから議論を重ねていくところです。
出店戦略については、既存の神戸、大阪、京都エリアに加え、東京エリアにも注力していきます。日本人の感覚では「神戸牛は神戸で食べるもの」というイメージがあるかもしれませんが、海外の方からすれば「日本に来たら食べたい食材」です。インバウンド客が多く訪れる東京は、非常に重要なマーケットだと考えています。
-成長戦略におけるM&Aについてどのようにお考えですか?
山口: 私たちは、会社の成長に必要なパーツを補完していくという考え方を重視しています。今回の吉祥吉への投資は、私たちが得意とするブランディング戦略を活かせるという点で、非常に相性が良い組み合わせだと考えています。
本町:私たちが外食企業を見る際のポイントは、「強いブランドを持っているか」そして「世界で戦えるポテンシャルがあるか」です。強いブランドとは、必ずしも高価格帯のものに限りません。うどんやラーメンのような日常食であっても、消費者にしっかりと価値が認められていれば、それは強いブランドです。その観点では、あらゆる領域が投資の対象になり得ると考えています。
-貴社のM&A戦略をご教示いただけますでしょうか。
本町: 中長期的には、神戸牛以外のブランド和牛にも展開していく可能性があります。吉祥吉の強みは、神戸牛を扱っていることだけでなく、「鉄板焼き」というビジネスモデルをここまでスケールさせてきたノウハウにもあります。日本には、神戸牛以外にも素晴らしいブランド和牛がたくさんありますが、その価値が十分に世界に伝わっていないのが現状です。私たちのノウハウを活かし、他のブランド和牛の価値向上を支援することもできると考えています。
海外展開においては、Lキャタルトンのグローバルネットワークが大きな強みとなります。各国にいる私たちのメンバーは、現地の消費者市場や外食事情に精通しています。例えば、ニューヨークに出店する際、どの通りに出すべきかといった具体的な立地戦略から、現地の文化に合わせたメニュー開発、マーケティングまで、実務的なレベルで支援することが可能です。
―地元では、ヴィッセル神戸などスポーツチームのスポンサーとしても知られています。今後の方針はいかがでしょうか。
本町: 弊社は消費者ビジネスに特化したファンドとして、スポーツの持つ力を高く評価しております。そのため、スポンサー活動は重要な施策の一つであり、吉祥吉のブランドを世界へ広めていく上で、非常に有効な手段だと考えています。吉祥吉は「本物の神戸牛」という強いブランドを有しながら、その魅力がまだ世界に十分に伝わりきっていないという現状があります。その価値を広めるための有効な手段の一つとして、スポンサー活動も活かしていきたいと考えています。
児玉: 実は、吉祥吉のセントラルキッチンはヴィッセル神戸のホームスタジアム(ノエビアスタジアム神戸)内にあるんです。ホームゲームの際には、毎試合キッチンカーを出してスタジアムグルメを提供しています。
私たちも、ファンの方々がどのように吉祥吉を受け入れているのか、現場で肌で感じる必要があると考えています。近々、弊社メンバー数名で試合会場へ行って、キッチンカーで実際に販売のお手伝いさせていただく予定です。現場を深く理解することが、より良いご支援につながると信じています。