海外M&Aに潜む贈賄のリスクとは?しっかり学ぶM&A基礎講座(73)

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海外M&Aにより買収した子会社においては、本部からの目が行き届かないために生じる管理上のリスクがあります。会計不正や資産の流用などはそうしたリスクの代表格といえるものです。それら以外に気を付けておくべきリスクとして外国政府の関係者に対する贈賄リスクがあります。

贈賄事件が発生すると、刑事上の責任はもとより、信用失墜や風評被害などを含め、本部への影響も多大なものとなる可能性があります。今回はこうした海外子会社における贈賄リスクについて概説したいと思います。

国や地域別の贈賄リスクは「CPI」が参考に

2019年1月、国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)が腐敗認識指数(CPI; Corruption Perception Index)2018を公表しました。TIはドイツに本部を置く団体で、主に汚職や腐敗防止に関する啓発活動を行っています。

CPIは同団体が世界180の国および地域における有識者やビジネスパーソンに対するアンケート調査をもとに公表しているもので、公的部門の腐敗度を示す指標として定評があります。

2018年度のCPIで清廉度が高いとされたトップ5はデンマーク、ニュージーランド、フィンランド、シンガポール、スウェーデン、 スイスです(なお、フィンランドからスイスまでの4か国は同率3位)。一方、ワースト5は下からソマリア、シリア、南スーダン、イエメン、北朝鮮です(なお、シリアおよび南スーダンは同率178位、イエメンおよび北朝鮮は同率176位)。

日本の評点は100点中73点で18位(前年は73 点で20位)となっていますが、アジアで評点の低い国も多く存在します。低順位の国や地域では贈賄リスクも高いことが予想されるため、そうした国に進出している企業は特に贈賄リスクに気を配る必要があるといえます。

贈賄に対する法的な規制は?

日系企業が外国政府の関係者に対して贈賄を行う動機としては、現地での許認可、通関、その他の行政手続で賄賂を要求され、ビジネスを円滑に遂行するため「やむなく」というケースが多いようです。

外国公務員に対する贈賄行為に関して、日本の法律では不正競争防止法18条1項に禁止規定が置かれています。これに違反して贈賄などを行った場合、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金(同法21条2項7号)が課されるほか、法人に対しても両罰規定として3億円以下の罰金(同法22条1項3号)が課されます。

また、我が国の不正競争防止法が適用されるだけでなく、米国の「海外腐敗行為防止法(FCPA; Foreign Corrupt Practice Act)」や英国の「贈収賄防止法(UKBA; United Kingdom Bribery Act)」が現地法人の役員や従業員に適用されるケースもあります。

贈賄リスクにどのように対応すべきか

TIが国連グローバル・コンパクトとともに贈賄に関する社員教育ツール「Resisting Extortion and Solicitation in International Transactions」を共同開発して2011年に公表しました。そのレポートには典型的な22の贈賄シナリオとその対応策が盛り込まれています。

例えば、シナリオ6は政府の大型プロジェクトに入札した企業が2~3年におよぶ交渉の末にやっと契約に漕ぎつけた事例が取り上げられています。契約にサインする直前になって調達部署のメンバーから賄賂を要求されるというケースです。それまでに費やしてきたコストや労力を無駄にしたくないという心理を突いた卑劣な要求ともいえます。

まず、このような要求自体を予防するための方策として、贈収賄防止に関する条項を織り込んだ契約ドラフトを提示しておくなどの方法が紹介されています。

また、実際に賄賂を要求された場合の対処としては、ただちに経営陣に報告し、交渉チームを変更するなど適切なストラテジーをとることが挙げられています。そのほか、十分な証拠が入手されている場合には贈収賄防止を推進する組織やオンブズマンに通報するなど複数の方法が合わせて掲載されています。

上述のレポートでは各シナリオについて実務上役立つ対処法が提示されています。こうしたレポートを参考に企業グループ内における贈賄防止マニュアルを作成しておくことは子会社管理の一環としても有用なことといえるでしょう。

Resisting Extortion and Solicitation in International Transactions

(トランスペアレンシー・インターナショナルHPより)

文:北川ワタル