決算書のここを見ればできる!マルチプル法による企業価値算定 しっかり学ぶM&A基礎講座(65)

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企業価値の算定方法としては、将来キャッシュフローを現在価値に割り引くDCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)が有名です。ただし、企業外部の者にとっては将来キャッシュフローや割引率に関する情報は入手しにくいという面もあります。

これに対して、マルチプル法は類似業種の上場企業における財務指標と株価(時価総額)との関係から対象企業の株主価値などを算定する方法です。そのため、比較的入手しやすい情報で価値評価が行えるという利点があります。今回は、このマルチプル法による評価を具体的な数値を用いながら体感してみましょう。

EBIで鯛を釣る評価方法

マルチプル法でよく使用される財務指標としてはEBITDAがあります。一般的に「イービッ(ト)・ダ」や「イービット・ディーエー」と読みますが、実務家の中には少しユーモラスに「エビ」と呼ぶ人もいます。

EBITDAは「Earnings Before Interest, Tax, Depreciation and Amotization」の略で、支払利子・税金・減価償却費を控除する前の利益という意味になります。つまり、決算書の最終利益に支払利子・税金・減価償却費を足し戻してあげるとEBITDAになります。

マルチプル法の仕組みは、類似業種の上場企業における「時価総額÷EBITDA」の比率を求め、これを対象企業のEBITDAに乗じるというものです。なお、時価総額は企業の1株当たり株価に発行済株式数を乗じることによって算定できます。

各社のEBITDAを計算してみる

それでは、下記の表からEBITDAを算出してみましょう。算出の仕方は、最終の「当期利益」に法人税等と支払利息と減価償却費を足しても良いですし、「税引き前利益」に支払利息と減価償却費を足しても同じです。

類似A社のEBITDAは13,000(=当期利益5,500+法人税等1,500+支払利息1,000+減価償却費5,000)となります。

同様に、類似B社のEBITDAは7,800(=当期利益2,000+法人税等1,000+支払利息800+減価償却費4,000)、類似C社のEBITDAは5,500(=当期利益1,400+法人税等600+支払利息500+減価償却費3,000)となります。

また、対象企業X社のEBITDAも算出しておくと、230(=当期利益40+法人税等20+支払利息70+減価償却費100)となります。

EBITDA倍率(時価総額÷EBITDA)を算定する

次に、各社のEBITDAと下記の表に記載した時価総額からEBITDA倍率(時価総額÷EBITDA)を計算します。類似A社は3.84倍(=50,000÷13,000)、類似B社は6.15倍(=48,000÷7,800)類似C社は4.54倍(=25,000÷5,500)となります。

3社のEBITDA倍率の平均は4.84倍と計算されます。そして、これを用いて対象企業X社の株主価値(時価総額に相当)を算定してみることにしましょう。

株主価値はEBITDAの4.84倍ということですので、対象企業X社のEBITDAである230に4.84倍を乗じて1,113という算定結果が得られます。つまり、X社の買収金額を検討する際にはこの1,113という評価額を一つの拠りどころにすることができます。

EBITDA以外の指標も使用される

このように比較的限られた情報で株主価値を算定できるのがマルチプル法の魅力です。マルチプル法では、EBITDAだけでなく、他の指標を用いて株主価値を算定することも可能です。例えば、PER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)がそれにあたります。

PERは「株価÷1株当たり利益」、PBRは「株価÷1株当たり純資産」という算式で求められますので、いずれも簡便的に株主価値を把握するのに適しています。ターゲット企業の価値を機動的に知りたいときには重宝する方法といえるでしょう。

文:北川ワタル(公認会計士・税理士)