海外子会社におけるガバナンスの勘どころ しっかり学ぶM&A基礎講座(64)

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M&Aにより傘下に置かれた海外子会社における不正やコンプライアンス違反を防止するのも親会社の責務といえます。ただし、子会社管理の対象は広範囲に及ぶため、一定の権限委譲のもと管理体制を構築していくのが現実的です。今回はそうした海外子会社におけるガバナンスの主要ポイントを確認してみたいと思います。

コンプライアンスに関する検討項目は多岐にわたる

海外子会社の管理体制に関するチェック項目の一例として「在庫処分を行った際の廃棄証明書を閲覧する」というものがあります。そこには、しかるべき処理業者に依頼して現地の廃棄物処理規制に準拠しているかという視点が含まれています。それと同時に、従業員がこっそりと在庫を持ち出して横流ししていないかを監視するという目的もあります。

このように子会社の管理体制ではコンプライアンス違反や不正の防止が重要なテーマとなります。このうち、コンプライアンスに関連するところでは、例えば独占禁止法、労働関係法、知的財産権、環境保護規制などの項目が挙げられます。また、近年では性能データや品質データの偽装が不祥事として取り上げられることが多くなっています。こうした不祥事は海外生産拠点や海外販売拠点でも例外とはいえないでしょう。

外国政府の公務員に対する贈賄などが問題となることもあります。国内法としては不正競争防止法18条に規制がありますが、米国のFCPA(The Foreign Corrupt Practices Act)や英国のUKBA(The UK Bribery Act)など海外の法律が適用される事例が目立ちます。また、輸出入取引に関しては、外国為替及び外国貿易法、関税法、移転価格税制などが論点となりやすい領域といえます。

担当者レベルの不正とマネジメントレベルの不正の違いとは

社内の不正に関連するところでは、役員や従業員による現金着服や横領、不適切な会計処理などの項目が挙げられます。例えば、担当者レベルの現金着服や取引先とのキックバックのやり取りを隠蔽するため、結果として不正会計につながることが考えられます。

こうした不正は内部統制の仕組みを構築・運用することで防止・発見が期待できる一方、統制行為が形式的になっている場合には発覚しないまま見逃されることもあります。また、海外子会社のマネジメント層が主導して会計操作が行われるような場合には内部統制自体が無効化され、発見がより難しくなります。

米犯罪学者のD.R.クレッシーが唱えた不正のトライアングルでは「動機」「機会」「正当化」が不正の生まれる3要素であるとされます。日本では当然「やってはいけない」という共通認識があることでも、海外の企業では「これくらいは構わない」「他の会社でもやっている」と認識されているケースがあります。

この場合、上記の3要素のうち「正当化」の土台ができているといえるでしょう。それに加えて、本社からの予算達成の要求が厳しいという「動機」や内部統制が行き届いていないという「機会」の条件がそろえば、不正につながる可能性が一段と高まります。

単なるチェックではない本来のガバナンス

購買管理でいえば、発注、検収、支払を同一の担当者に任せず相互に牽制が効くような体制にすること、債権管理でいえば、与信限度枠の設定から滞留債権の督促までの手続を確立することなど、各業務におけるデュー・プロセスを徹底することが重要なのは言うまでもありません。

ただし、本社が直接関与して各論をつぶしていくだけでは限界があるでしょう。海外子会社のマネジメント層に対して権限を委譲するとともに子会社管理の透明性を高めるための責任を課すという発想が有用となります。

そのためには、海外子会社の管理者レベルで実施できる事項、海外子会社の役員会の承認が必要な事項、親会社の決裁が必要な事項などを明確にすることが必要です。

そのうえで、こうした仕組みが適切に運用されるように内部監査や内部通報制度などで側面支援・後方支援を行うことが海外子会社ガバナンスの一つの姿といえるでしょう。

文:北川ワタル(公認会計士・税理士)