M&Aを実施すると必ず売上高は増加するのか?しっかり学ぶM&A基礎講座(62)

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昨年来、武田薬品工業<4502>によるシャイアー(アイルランド)の買収、日立製作所<6501>によるABB社(スイス)のパワーグリッド事業の買収など日本企業による大型買収が目立ちました。

こうした大型買収は世界規模の売上高ランキングや業界シェアにも影響を与えます。ただし、M&Aを実施すれば必ず売上高が増加すると考えるのは早計といえるかもしれません。今回はM&Aと売上高の関係について考えてみることにしましょう。

「単体売上」か「連結売上」かを意識する

売上高を考える場合には、それが個別財務諸表上の売上高を指しているのか、連結財務諸表上の売上高を指しているのか明確にしておく必要があります。

対象企業の株式を取得することにより新たに連結の範囲に含まれることになった場合、すなわち連結子会社が増加した場合には、個別財務諸表上の売上高(親会社単体の売上高)は増加しませんが、連結財務諸表上の売上高(連結グループ全体の売上高)は増加することになります。

また、期の途中で買収した対象企業の売上高がどのように連結売上高に取り込まれるのかについて意識しておくことも有用です。例えば、3月決算の会社が対象会社を10月31日に子会社化した場合、連結初年度において1年間の売上高を丸々取り込むのか、あるいは部分的に取り込むのかという問題です。

「連結財務諸表に関する会計基準」(企業会計基準第22号)によると、連結財務諸表の作成は支配獲得日から行うことになっています。そのため、連結初年度においては、子会社の売上高を始めとする収益や費用は11月から3月末までの5か月分を連結財務諸表に取り込むことになります。

ただし、企業の事務負担に配慮して、支配獲得日が子会社の決算日以外の日である場合には、支配獲得日の前後いずれかの決算日に支配獲得が行われたものとみなして処理できることになっています。つまり、第2四半期末にあたる9月30日や第3四半期末にあたる12月31日をみなし取得日として、それ以降の売上高(6か月分あるいは3か月分の売上高)を取り込むという処理も認められます。

株式取得による子会社化」と「合併」では影響の仕方が異なる

上述したとおり、株式取得による子会社化では、個別財務諸表上の売上高は増加しないものの、連結財務諸表上の売上高は増加します。これに対して、対象企業を吸収合併した場合には、組織そのものが一体となるため、個別財務諸表上の売上高の増加が見込まれます。

また、合併だけでなく、事業譲渡会社分割(吸収分割)により事業を統合した場合にも個別財務諸表上の売上高の増加につながります。ただし、合併事業譲渡会社分割などの統合形態であっても、従来から協力会社関係にあった当事者同士の垂直的統合であれば売上高の増加には直結しません。

これは川上企業の売上高と川下企業の仕入高が同一企業内の取引となって相殺されるためです。この場合、シナジーの主目的は売上高の増大ではなく、生産や物流における効率化やコスト削減といえるでしょう。

さまざまなファクターが売上高に影響

垂直的統合のケースは株式取得による子会社化の場合にもあてはまります。川上企業と川下企業が同じ連結グループとなった場合、両社の売上高や仕入高はいったん合算されるものの、連結財務諸表を作成する過程で連結グループ内の取引として相殺消去されます。

この場合、親会社の個別財務諸表における売上高が増加しないのはもちろんのこと、連結売上高の増加にもつながらない点は特徴的といえるでしょう。

以上のように、M&Aにおいてどのようなスキームを採用するかによって売上高に与える影響はまちまちです。また、同じスキームを採用したとしても、従来の企業間における取引関係や会計処理方法の選択によって売上高への影響額が変わってきます。M&A関連のニュースで売上高について言及されている時には、ぜひこうした要素も意識してみて下さい。

文:北川ワタル(公認会計士・税理士)