一般社団法人パブリックヘルス協議会は健康診断データの解析によって、社員個人だけでなく組織ごとの健康状況を把握する研究を進めている。社員や組織の状態をきちんと解析することが企業の成長に大切であり、M&Aにおいても成功を左右すると見る。そこで同協議会の木村もりよ代表理事に健康診断データの活用方法などについてお聞きした。
ー健康診断のデータ解析をやられていますね。
「ご存知のように日本では健康診断が法律で決められ、小学校の時から健康診断を行っている大変ユニークな国。だが、これらデータはほとんど活用されていないのが現状。健康診断はイベントやお祭りみたいな扱いになっており、とりあえずやっているというだけで、やったら、やったーと言って喜ぶだけで終わっている。有用なものであるにもかかわらず、健康診断データはないがしろにされている。これを解析して役に立つようにしようという取り組みを進めている。企業は人が重要であり、人を大切にしなければ企業は伸びていかない。人の状態をきちんと把握して、具体的な目標を定めて、適切な方法で解析していくのは極めて重要。そういう考えからこのようなことをやっている」
ーどのくらいのデータを解析しているのですか。
「現在データは10数万人分ある。健康診断のデータだけでなく、医療費のデータなども入っている。また一部勤怠や安全にかかわるデータもある。現在、これらのデータのほかにも、いくつかの企業や業界団体の健保組合から声がかかっている。現在やっている解析は研究のためだが、企業からの依頼は解析結果から何か対策が取れるのでないかと期待されている。企業はデータは持っているが、何に使っていいのかわからない状況にある。これを何とかしてほしいということのようだ」
ーデータ解析結果からどのようなことが分かるのですか。
「解析によってその会社にどんな病気があるのか。医療費がどれぐらい使われているのか。さらに大企業であれば支店とか支社、あるいはいろいろな部署による健康格差などが分かる。部署によって喫煙率が高いとか飲酒率が高いとか、あるいはどの部署にメンタルな問題を抱えている人が多いのかといったことが見えてくる。そういうのが特性として分かってくるのは非常に大きなことである。なぜなら企業がある部署の健康状態が悪いのは何が問題なのかーということを掘り下げて考えることができるからだ。もちろん集団を比較評価するには単純平均では難しい。例えば二つの支店間で医療費を比較するのに年齢構成が違う場合を考えると分かりやすい」
「そうして何らかの介入をすることができれば、その部署の健康状態は変わってくる可能性がある。また、部署ごとに業績の差がある場合、業績の差も健康問題にかかわってくるかもしれない。特にメンタル疾患で休みがちである人が多い部署の業績は散々であろう。では、なぜそこにメンタル疾患を抱える人が多いのか。人間関係は重要なファクターではあるが、それ以外にも組織として、何か少し変えることによってグループの健康度を上げることができるかもしれない。それは業績を上げることにもつながるだろう。データを持つということは、そうしたことを探求する責任があるということではないだろうか」
ーそのような考えで、健康診断のデータ解析している企業はあるのですか。
「まだないだろう。おそらくは企業内では、“わが社では糖尿病が非常に問題です。喫煙が非常に問題です。これを予防することによって、これぐらいの医療費が浮きます”、というようなことを行っているだけであろう。産業医活動を通じて分かることは、人の行動を変えるのはそう簡単ではないということ。あなたは太りすぎなので、痩せなさいと何度言っても、痩せない人がほとんど。予防で医療費が軽減できるというのは具体的に実施可能な実行プランがないのであれば、机上の空論。そうであれば、もう少し具体的に何らかの介入可能なことを見つけてあげる方が会社にとっては役に立つだろう」
ー健康診断データを解析するだけで、そんな効果がでるのでしょうか。
「もちろん健康診断のデータだけではできない。健康診断のデータは毎日測っている体重と同じようなもの。体重からすべてを推測することはできないように、健康診断のデータだけですべてが分かるわけではない。人の健康には様々なファクターがかかわってくる。例えば上司、同僚との関係もそうだし、介護、子育てなどの家庭環境もそう。通勤の距離などもある。人がどの程度の健康度を持っているのかを知るためには、健康診断以外の様々なデータを集めないと、より信頼性の高い評価はできない。会社は個人の体重管理にダイレクトに介入することは難しいが、健康度と関連性が高く改善もできるファクターを見つけることができれば、その点をコントロールすることで健康状態を良くすることができるかもしれない。今は健康診断のデータの解析を主に行っているが、将来は様々なデータを集めて、総合的に判断できるようにしたい」
ー上司、同僚などの関係や通勤距離などが健康に影響があるとのことですが、M&Aについてはどうでしょうか。
「もちろん大きな影響がある。社長や上司が変わることになるわけで、M&A の前と後で健康診断を行いデータを取れば、どのような影響がでてくるであろうか、ある程度推測できる。M&Aによって、メンタル疾患症例が増えたり、離職者が増えるようなことを防ぐためにも健康診断データの解析はやるべきだろう。M&Aでなくても、トップの交代で職員の不満が増加する例も存在する。それにつれて、職員のモチベーションも下がってくる。最終的に当然業務の効率が落ちる。M&Aの場合、トップや組織の変更などで、職員には多くのストレスがかかる可能性が高い。また二つの組織が、実際的に融合できずに平行線のまま、内部に事実上二つの会社が存続しているような状況になることもしばしばである。こうした歪みや、企業慣習の違いなどから、この調整に疲弊してしまい、うつ状態になって休んでしまったり、離職したり、といった事例が散見される」
「離休職率が実際に上がってくればわかるが、そうなる前に健康データなどで何らかの兆しをみつけることができれば、企業体のダメージを少なくすることができる。これは企業にとっても、社員の精神保健向上にとっても非常に重要である。さらに、データ解析が社会的に注目を集める中で、M&A後に従業員の健康度が下がったというようなレピュテーション(風評)リスクは避けたいところであろう。故に、M&Aの前後に健康診断などの健康に関する調査を行うことは有用である」
「さらに、健康問題に関するダイレクトなデータだけではなく、その人がどれぐらい休みを取っているか(特に病気に関連する休暇)といったような事象と組み合わせて使えば、そこから導かれる結果の信頼性はより高くなる。M&Aを行う会社には健康診断のデータ(問診結果も含めて)、また健康問題だけでなく勤怠のデータなど、入手可能な情報を組み合わせて解析し、積極的に活用することが強く望まれる」
文:M&A Online編集部