顧客体験をおざなりにした「カワスイ」は事業再生で集客力をつけられるか?

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「カワスイ(川崎水族館)」を運営するアクア・ライブ・インベストメント(東京都千代田区)とその関連会社2社が2022年3月28日東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請しました。再生スポンサーとして名乗りを上げたのがスマートフォン向けゲーム開発のイグニス(東京都渋谷区)。イグニスは融資を行うとともに、支援先の事業を譲渡するなどの方法で事業再生を行うとしています。

カワスイのオープンは2020年7月17日。コロナ禍でのオープンとなり、集客に苦戦することは明らかでした。ただし、オープン当初から水族館に対する来場者の評判は決して良いものではなく、リピーターも獲得しづらかったものと考えられます。

この記事では以下の情報が得られます。

・カワスイの概要
・人気を獲得できなかった理由

水族館の敏腕プロデューサーが手掛けたカワスイ

カワスイは日本リテールファンド(現:日本都市ファンド投資法人<8953>)が所有していた商業ビル「川崎ルフロン」の9-10階に入る、日本初の既存駅前商業施設併設型水族館です。ルフロンの9階にはもともとコナミスポーツクラブが入居しており、プールが併設されていました。基本的な配管やある程度の重さに耐えられる造りにはなっていました。2018年1月にマルイが閉店して全面リニューアルする際、不動産運用会社である三菱商事・ユービーエス・リアルティ(東京都千代田区)が水族館をテナントとして誘致する計画を立ててコンペを開始。2019年5月アクア・ライブ・インベストメントを事業者に指定したと発表しました。

アクア・ライブ・インベストメントの代表を務めるのが坂野新也氏。坂野氏は1973年の沖縄海洋博覧会水族館プロジェクト(現:沖縄美ら海水族館)への参画以来、50年にわたって水族館のプロデュースに関わってきた大御所です。「葛西臨海水族園」や「サンシャイン国際水族館」のリニューアルに携わってきました。坂野氏は73歳という年齢で会社を立ち上げ、カワスイの提案や運営に乗り出したのです。

アクア・ライブ・インベストメントは水族館の企画や運営をする会社ですが、名前が示す通り資金調達をして投資家に還元をする投資ファンドとしての側面も持っています。東京エネシス<1945>、丹青社<9743>などがアクア・ライブ・インベストメントに出資をしていました。水族館の資金調達手段は多様化しており、金融機関からの借り入れだけでなく、協賛する企業などを集めるようにもなっています。融資を含めて累計40億円を調達したとされており、坂野氏がトップに立っていたことの安心感が資金の呼び込みに大いに役立ったものと考えられます。

近年は「すみだ水族館」や「京都水族館」、リニューアルした「サンシャイン水族館」など、都市型の水族館に人気が集まっていました。カワスイが都市型の水族館だったことも期待を集めた一因です。

しかし、オープン直後からその評判は芳しいものではありませんでした。

独りよがりな運営姿勢で失望を買う

カワスイは顧客体験を置き忘れており、これが人気を獲得しきれなかった最大の要因になっている印象があります。

通常、水族館は数百トンから数千トンの水を使用しますが、商業ビルであるルフロンはそれに耐えられる設計になっていません。水を循環させる大がかりな設備を入れることができないのです。そのため、カワスイは多くの水を必要としない淡水魚が展示のメインになっています。大型の水槽や設備が必要なイルカも展示されていません。派手さがなく、キラーコンテンツとなる生き物やショーがないのです。

商業ビルのリニューアルで水族館を作るという、前代未聞のプロジェクトに立ち向かうカワスイ関係者の姿をテレビが取り上げ、話題になりました。しかしこれは運営者側の視点であり、来場者にとっては何の意味もありません。カワスイは淡水魚の面白さや魅力、それを展示する意味を徹底的に訴求するべきでした。淡水魚は海洋生物に比べれば地味であることは間違いなく、淡水魚の魅力を伝えきれなければ、派手な海洋生物を楽しむために「しながわ水族館」や「サンシャイン水族館」「すみだ水族館」に足を運びます。

淡水魚専門の水族館は少なく、差別化ポイントです。しかし、その珍しさを顧客体験として提供できず、日本初のプロジェクトを進める面白さばかりが取り沙汰される結果となりました。カワスイはここが一番の問題点だと考えられます。

その他、よい評判を獲得できなかった点は大きく2つあります。

・入場料が高い
・アプリを入れてQRコードを読み取らなければならないシステムの使い勝手の悪さ

カワスイの入館チケットは大人2,000円、小・中学生は1,200円です。しながわ水族館は大人1,350円、小・中学生が600円。やや高めの設定になっています。ただし、すみだ水族館は大人2,300円(2020年7月に2,050円から値上げ)、サンシャイン水族館は2,400円~(時期によって変動)となっており、都市型の水族館と比較して著しく高いわけではありません。

オープン当初からカワスイのチケットが高いとの批判が多かったのは、展示内容に来場者が満足していないことの裏返しだと考えられます。

カワスイはLinne(東京都渋谷区)がサービスを提供する「LINNÉ LENS(リンネレンズ)」を採用しています。これはアプリをダウンロードし、QRコードを読み取ると生き物の解説をするというもの。オープンしてしばらくはテキストによる説明が一切なく、アプリを使わない人は展示内容が分からないという仕様になっていました。

水族館には子供づれの来場者が多く、子供を抱いていても説明を見るためにはスマートフォンをQRコードにかざさなければなりません。また、スマートフォンを使い慣れない高齢者にも親切な設計とは言えません。

※現在はテキストによる説明とQRコードが併用されています。

新技術を取り込んで未来型の水族館を提案する姿勢が目立ちますが、やはり来場者の目線が欠けています。

2021年10月29日神戸ポートミュージアム内に水族館「神戸アトア」がオープンしました。入場料は大人2,400円。アトアは事前Web予約制で日時指定入場ですが、コロナ禍にも関わらず好調な滑り出しを見せています。アトアはアートとアクアリウムを融合した劇場型水族館であり、生き物と派手な演出を同時に楽しむという新たな顧客体験を創出しました。

イグニスがスポンサーとなったカワスイが、資金面だけでなく企画内容やマーケティングを見直して新たな一歩を踏み出すことができるのか。注目が集まります。

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