旧村上ファンド系が東証1部のエクセル<7591>を加賀電子に売却したカラクリ

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東京・西新橋の本社ビル

2019年12月9日、旧村上ファンド系投資グループが筆頭株主として議決権割合の39.93%を保有する電子部品・電子機器の専門商社のエクセル<7591>が、「株式会社シティインデックスイレブンスとの株式交換契約締結及び加賀電子株式会社との経営統合に関するお知らせ」を公表しました。

株式会社エクセルのプレスリリースはこちら

一連の取引スキームの概要

プレスリリースによると、同社は、以下のステップで事業外資産の処分と加賀電子<8154>への事業の譲渡、経営統合を行う計画とのことです。

取引内容
筆者コメント
(i) <株式交換>
シティインデックスイレブンス※とエクセルが金銭を対価とする株式交換を行う
→一般株主がエクセルの株式をすべて売却し、旧村上ファンド系の100%子会社となる
(ii) <現物配当>
事業外資産※2を親会社SPCに現物配当する
→旧村上ファンド系が事業外資産を引き取る形になる
(iii) <株式譲渡>
親会社SPCがエクセルの株式のすべてを加賀電子に売却する
→事業の全部が加賀電子の傘下に移動する

※注:旧村上ファンド系が用意する特別目的会社(SPC)のこと。プレスリリースでは「CI11」と表記
※注2:政策保有の上場株式等。プレスリリースでは「移管対象外資産」と表記

筆者作成

なぜTOB(株式公開買付け)ではないのか?

通常、このような取引は「TOB(株式公開買付け)」によって行われるのが一般的です。しかし、今回のスキームはご覧の通り非常に複雑です。

なぜこのような一連の取引が採用されたのでしょうか?
主な理由は、以下の通りです。

・エクセルをいったんシティインデックスイレブンスの100%子会社とするのは、事業外資産の処分が目的と思われる
・子会社化を「TOB」ではなく「金銭対価の株式交換」とするのは、リスクの限定が目的と思われる
・現物配当は、節税が目的と思われる

プレスリリースによると、加賀電子はエクセルとの経営統合には前向きなものの、事業自体を譲り受けることに関心がある(政策保有株式等の事業外資産については取得したくない)という意向があったようです。

TOBでは事業外資産も含めた会社全体の買収しかできないので、事業外資産を除いた事業部分のみをTOBで取得するのであれば、TOB実施前にあらかじめ事業外資産を処分しておくことが必要になります。

しかし本件では事業外資産は政策保有上場株式等が中心で、TOB公表前に処分に動けば処分が市場に明らかとなり、様々な憶測を呼ぶことになるほか、株価を崩してうまく処分できないリスクもあります。

そこで、市場で売却するのではなく、エクセルを100%子会社化し、その後に事業外資産を現物配当することで、株価を崩さず事業外資産をうまく処分したいという事情があったことと考えられます。

TOBより低リスクなスキーム

TOBを行う場合、個々の株主が応募するかしないかを判断するので、応募しなかった株主を排除するには二段階買収等のスクィーズアウト手続きが必要となります。

TOB期間中も株価は動いていきますから、様々な思惑を持った市場参加者が予想外の動きに出る可能性もあります。例えば、TOB価格を上回る水準で時価が推移するなどの状況が生じるとTOB価格の引き上げが必要となったり、TOBが不成立に終ってしまったりするなどのリスクが存在します。

これに対して、株式交換の場合、株主総会で議決権の2/3超の賛成があればすべての株式を確実に取得できます。すでに旧村上ファンド系投資グループで議決権割合の39.93%を保有していますから、残り26.74%の賛成が得られれば足りることになります。よって、TOBよりはるかにリスクの低いスキームであると考えられます。

また100%子会社化後の現物配当は益金不算入となるので、税務上有利です。そのため、事業外資産は現物配当で交付することにしたのだろうと考えられます。

まさにアクティビストの面目躍如、といった感のある上手なスキームですね。

株式交換対価は割安か?

次に、株式交換対価の提示額は安いのかどうかについて考えてみたいと思います。

エクセルとシティインデックスイレブンスらが最終的に合意した株式交換の金銭対価は、普通株式1株につき1,610円です。この株価について、エクセルはプレスリリースの中で会社が取引の公正性を担保するため、フィナンシャル・アドバイザー及び第三者算定機関のEYトランザクション・アドバイザリー・サービス株式会社(EY)に依頼した算定結果の範囲内であることから、「適正な対価である」と主張しています。

EYによる株式価値算定結果は、以下のとおりと開示されています。

市場株価法 1,235円~1,257円
類似会社批准法 1,123円~2,729円(中央値1,926円)
DCF法 1,261円~1,919円(中央値1,590円)

エクセルの2019年9月30日時点の一株当たり純資産は2,804円であり、株式交換対価のPBRは0.57倍に相当、市場株価法の最高値1,257円はPBR 0.44倍に相当、進行期の予想EPSは141.93円、株式交換対価のPERは11.34倍に相当します。

ただし営業利益は進行期予想▲500百万円、経常利益は▲535百万円の予想と赤字状態であり、経常利益は過去5年にわたり一貫して減少傾向を続けている状況です。

この状況は、マーケットからは、今この瞬間の純資産と比較すれば「安い」が、事業自体は苦境にあり、赤字転落も見込まれているため、「今後は純資産を赤字で食いつぶしていくことになるであろう」と判断されていると解釈できます。

【検証】事業価値由来部分はいくらか

ここでエクセルの2019/9/30時点の連結貸借対照表を見てみると、「投資その他の資産」が合計4,915百万円(A)計上されています。大半が政策保有株式で、「その他有価証券」として時価評価されていますが、繰延税金資産や敷金等の事業資産がある程度含まれているはずです。

勘定科目の明細がより詳細に開示される年度決算では、2019/3/31時点で繰延税金資産955百万円、その他164百万円とありますので、(時間の経過による多少の増減はあるでしょうが)おおむね同額程度1,119百万円(B)の事業資産が含まれると考え、これを控除すると、事業外資産の価値は3,796百万円(C)と推計されます。

他方、手元現預金は必要運転資金を下回るため、図表2のとおり事業外資産に含めうる余剰現預金はないとみられます。

これを自己株式420,631株(E)を除く発行済み株式総数9,086,755株(D)で除した438円/株(G)が、事業外資産に由来する価値であり、株式交換対価1,610円(H)から当該金額を差し引いた1,172円(I)が事業価値由来部分と考えられます。

つまり、最終段階で加賀電子がシティインデックスイレブンスから株式を買い取るときの価格が1,172円以上であれば、この提示対価は「ある程度割安である」と評価できることになります。

【検証】EV/EBITDA倍率では割安か?

さて、この1,172円は本当に割安なのでしょうか?

事業評価で最も一般的に使用されるEV/EBITDA倍率を試算して検討してみたいと思います。

図表3のとおり、エクセルの事業価値は17,335百万円と推計されます。

開示されている事業計画は、2020年3月期の赤字を2021年3月期に黒字転換させ、2022年3月期に大幅改善したのち巡航速度での成長、というシナリオに基づいているようです。

しかし、計画最終年度のEBITDA計画値を基準としても、EV/EBITDA倍率は6.2倍であり、通常3倍~5倍程度が多い専門商社のEV/EBITDA倍率としては「かなり高い水準」という印象です。

多大な労力とコストをかけて取り組んでいる以上、旧村上ファンド系投資グループと加賀電子との間の交渉の結果、これよりも十分に高い価格での取引が合意できているのだろうと思いますが、開示情報を前提とする限りでは、「それほど割安とは言えない」のではないかと思います。

もちろん、計画はあくまでも計画なので、一般株主の誘導のため非常に低い計画値を公表している可能性もあります。しかし足元の赤字からの黒字転換という状況に鑑みれば、この計画値もそれほど低いものでもないのではないかと考えられます。

【結論】一般株主から旧村上系投資グループへの譲渡対価は、適正水準に

以上からすると、少なくとも一般株主から旧村上ファンド系投資グループへの譲渡対価としては、確かに「公正な水準」であろうといえると思います。

ハゲタカなどと揶揄される旧村上ファンドですが、今回は獲物をしとめたライオンが最も栄養のある内臓肉だけ平らげて満腹し、仲間のライオン(一般株主)に余った肉を分けてくれるとでも言いましょうか。

加賀電子と旧村上ファンド系投資グループ間の取引価格はおそらく非公表となるでしょうが、いくら位で取引するのか、買収完了後の有価証券報告書等から推計してみるのも面白いかもしれません。場合によってはまんまと高値掴みさせられた加賀電子の空売りチャンス、というシナリオがあるかもしれませんね。

巽 震二(フリーランス・マーケットアナリスト)