自社株によるM&Aのルール緩和「大廃業時代」に光明が差すか 

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政府は、自社株を用いたM&Aの規制を緩和する。売り手の負担となっている会社売却益への課税を繰り延べすることで、売却意欲を高めM&Aの活発化を図る。併せて買収手続きも簡素化し、手元資金が潤沢でないベンチャー企業もM&Aに取り組みやすくする。早ければ今夏にも新ルールの適用開始が見込まれている。

図1 自社株式を対価とした株式取得による事業再編の円滑化措置の創設

産業競争力強化法改正に伴う、新ルールのあらまし

・売り手側の規制緩和

法人株主が有する株式を譲渡し、認定を受けた(注)事業者の株式の交付を受けた場合には、その譲渡した株式の譲渡損益の計上が繰り延べられる。個人株主が特別事業再編により株式等を譲渡したケースでも、認定を受けた事業者からの株式交付がなされる場合は同様に、譲渡所得に対する課税が繰り延べられる。 

(注)一般的・恒久的な措置ではない。

産業競争力強化法の改正を受け、その施行日から平成33年3月31日までの間に、同法の特別事業再編計画により認定を受けた事業者であることが要件となる。財務状況や生産性向上が具体的な条件となる見込み。

・買い手側の規制緩和

有利な価格で株を発行する手続きを簡素化する。一定の規模以下の買収なら株主総会の決議も不要とすることで、総会の手間やコストの削減を図る。

自社株を使った買収が進まない背景とは

欧米では大規模買収の対価として、株式が用いられることが珍しくない。しかし日本では、自社株を対価とするTOBの活用が期待されるものの、これまでの実例は皆無に近い。これは、売り手にとっても買い手にとっても次のようなデメリットや懸念があったためである。

図2 TOBによるM&Aにおける使用対価の国際比較

すなわち対象会社の株主(売り手)が、買収会社の自社株式を対価とする買収に応じた場合、株式交換でない限り、対象会社株式の譲渡益に対して課税されてしまう。したがって当該課税の納税資金確保のため、対価として受取った買収会社の株式の一部を売却せざるを得ない。買い手側にとっても、買収後に、売り手が自社の株式を売却することが予め見込まれるため、株価の下落リスクを伴うからだ。

期待されるM&A市場の活発化

今回の改正により、次の効果が予想され、ひいては経済の活発化につながることが期待される。

1)将来の成長を期待できるベンチャー企業が買収を行いやすくなり、M&Aが増加する
2)銀行借り入れでの資金調達に制約がある場合でも買収が可能となる
3)買収による現金流出がないため、手元資金を有効に活用できる
4)売り手である譲渡会社は買収企業の株主となるため、買収後も売り手がM&Aのシナジーを享受できる。この結果、売り手にもM&A後の企業価値に対する関心とインセンティブが生じ、協働での企業価値向上が期待できる

会社法上の問題点は解消済み

従来、自社株対価TOBについては、課税の問題以外にも、会社法上の課題が指摘されていた。2011年の改正産活法(産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法)により、これらの問題点はクリアされたが、併せて税制上の手当てがなされなかったため、その後も自社株対価TOBは全く普及していない。しかし2016年度末時点で、上場企業の約9割が自社株を保有している以上、TOB活用という選択肢は十分ありうる。経団連からも、自社株対価TOBに対する繰り延べ措置の導入がかねてから提言されていた。

今回のルール見直しを受け、買収会社が事業再編計画について主務大臣の認定を受けることで、売り手は課税への猶予が認められる。これにより、納税資金の確保が不要になり、株価が売却される懸念も薄らぐことで、M&Aへの踏み切りが容易化すると期待される。

今回の措置が、経営者の高齢化から多くの中小企業が後継者難に苦労する「大廃業時代」の救済策となりうるか、今後が注目される。

参考:平成30年度 経済産業関係 税制改正について(経済産業省)

文:Yuu Yamanaka(M&A Online編集部)