9都道府県を対象とする緊急事態宣言は6月20日までの延長期間に入った。その新型コロナウイルス感染対策のキーワードの一つが「人流」。ステイホーム、密、テレワークなどと並んで昨年来、盛んに使われるようになった“コロナ新語”の仲間だが、実は「人流」という言葉は国語辞書を引いても見当たらない。
「徹底した人流の抑制を」「テレワークを拡大し、人流を減らす」。コロナ対策として、こういったフレーズをしばしば耳にしてきた。「人流」が人の流れ、つまり人出の意味で使われていることは言うまでもない。
だが、考えてみれば、コロナ以前に、この「人流」という言い回しを耳にしたことがあっただろうか。なるほど、読んで字のごとく、見た通りのままの意味で通用するのだが、国語辞書には載っていない。造語の部類といえるのだ。
実際、新聞記事をみると、文章の初めでは「人流(人出)」といった具合に、かぎカッコでくくった上で丸カッコの説明を加えているケースが多い。テレビ放送でも同様に、「ジンリュウ」という読みだけでは分かりにくいため、人出や人の流れという言い換えを添えている。このことからも分かるように、「人流」が言葉として市民権を得ているとは言い難い状況。
物流、商流といえば、経済用語としておなじみ。物流はモノの流れを、商流は取引や受発注の流れをいう。物流、商流ほど一般的ではないが、カネの流れを表す金流という用語もある。
とくれば、人流という言葉を使いたくなるのももっともだが、人間味は感じられない。事務的で、いかにもお役所言葉といえるかもしれない。
もっとも、産業界でも人流という言葉は使われている。例えば、IT大手の日本ユニシスは2017年、人物の動きや属性(年齢・性別)をリアルタイムで分析し、可視化する「人流解析サービス」を始めている。
人流に似たケースで、ありそうでなかった言葉で思い出されるのが「注力」。文字通り、力を注ぐという意味で、現在は普通に使われているが、ひと昔前は違っていた。
新聞社にいた自身の経験でも、「注力」が目立って増え始めたのは1990年代以降。それ以前も企業が作成するニュースリリースで「海外事業に注力」といった表現を見かける機会はあったが、記事に「注力」とつい書くと、「そんな言葉はないよ」とデスクから注意されたことを思い出す。
当時、国語辞典になかった言葉だったが、今では立派に市民権を得ている。パソコンで「チュウリョク」と入力すれば、「注力」に即座に変換される。
コロナ新語として一躍、露出が急上昇した「人流」。さてこの先、コトバとしての命運はいかばかりか?
文:M&A Online編集部