東芝買収の最有力候補と目される産業革新投資機構(JIC)とは

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産業革新投資機構の本社がある「東京虎ノ門グローバルスクエア」

東芝<6502>企業価値向上を担うスポンサーからの出資提案が、2022年5月30日に締め切られました。非公開化に関する提案を8件、上場維持を前提とした資本業務提携の提案2件を受領。6月28日に開催される定時株主総会後に実現可能なパートナー候補を絞り込む予定だとしています。

パートナーの最有力候補の1つと言われているのが産業革新投資機構(東京都港区)。国内外の有力な投資ファンドが手を挙げたとされる中、日本の政府系ファンドも参加したと見られます。東芝は原子力事業や防衛関連事業を扱っており、海外の投資ファンドが買収する場合は外為法上の審査が必須。日本勢の参加が不可欠であり、産業革新投資機構の背中が押されたものと見られています。

産業革新投資機構とはどのような組織なのでしょうか?この記事では以下の情報が得られます。

・産業革新投資機構の概要
・主な投資先
・産業革新投資機構の業績と出資者

取締役9人が辞任する波乱の船出

2009年7月に国富を担う産業を育成、創出することを目的として産業革新機構が設立。2018年5月にアベノミクス第3の矢である「日本再興戦略」に盛り込まれた施策を確実に実行するため、産業競争力強化法等の一部を改正する法律が施行されました。その中で産業革新機構の組織・運営の見直しがなされ、産業革新投資機構へと名称が変更されました。国が3,669億9,900万円、民間企業が135億円を出資している官民ファンドです。

出資している企業は東芝<6502>、ソニーグループ<6758>、旭化成<3407>などのほか、日本政策投資銀行(東京都千代田区)を含む25社。各企業5億円、日本政策投資銀行のみ15億円を出資しています。

産業革新投資機構の代表取締役社長を務めるのが横尾敬介氏。横尾氏は1974年に日本興業銀行に入行し、ニューヨーク支店調査役、資本市場部副参事役、システム管理部参事役などを歴任しました。1997年に新日本証券に入社。2000年に新日本証券と和光証券が対等合併した新光証券の設立に尽力しています。2001年に旧みずほ証券常務執行役員に就任。2007年3月に新光証券と旧みずほ証券が合併後、2009年5月に現在のみずほ証券(東京都千代田区)の取締役社長となりました。2019年11月に産業革新投資機構の専務、2021年12月に代表取締役社長に就任しています。

産業革新投資機構は発足したばかりの2018年12月に、代表取締役社長だった田中正明(元三菱UFJフィナンシャルグループ副社長)氏を含む取締役9人が一斉に辞任するという前代未聞の出来事に見舞われました。経済産業省と役員との間で高額報酬を巡る問題が激化。出資比率において圧倒的な政府主導の株式会社にも関わらず、民間の大企業なみの報酬を出すことに批判が集中したのです。このとき、菅義偉元官房長官が「1億円を超える報酬はいかがなものか」と言ったことがしきりに報じられました。

当時の報道によると、社長の固定給が1,550万円。業績連動報酬として年額4,000万円を上限に四半期ごとに支払われることになっていたといいます。

組織の壁を越えてイノベーションを起こそうとする高い理念を掲げた官民ファンドですが、その特殊な形態で事業を推進する難しさを浮き彫りにした出来事でした。

1,000億円の案件もカバーするファンドを設立

産業革新投資機構は2018年3月期、2019年3月期において保有する株式を売却。売却による大幅な収入を得ています。

■産業革新投資機構の業績推移(単位:百万円)

2018年3月期 2019年3月期 2020年3月期 2021年3月期
売上高 488,067 238,797 601 884
純利益 220,157 114,930 -675 -2,797

事業報告より

産業革新投資機構の100%子会社であるINCJ(東京都港区)は、2021年6月に保有するルネサスエレクトロニクス<6723>の株式163,535,900株を売却したと発表しています。2022年3月期は株式の売却による売上増が見込まれます。なお、今回の売却によってINCJのルネサス株の保有比率は32.1%から20.4%へと低下しました。

産業革新投資機構は2020年7月にベンチャー・グロース投資領域に特化したファンド「JIC Venture Growth Investments」を設立。有限責任組合として産業革新投資機構は1,200億円を出資する予定です。運用期間は12年。情報通信やフィンテック、ヘルスヘア、教育などの分野で有望なベンチャー企業に投資をします。

2020年9月には2,000億円規模のファンド「JIC Private Equity」も立ち上げました。投資額は100億~400億円のラージキャップを対象とし、1,000億円規模の案件も視野に入れているとしています。

産業革新投資機構が出資をしている主なファンドは以下の通りです。

■投資先ファンド一覧

※「JICによるファンド投資」より

子会社であるINCJは、2017年12月に家庭用ロボット開発のGROOVE X(東京都中央区)に出資し、2022年3月に前澤ファンド(東京都港区)に株式を売却するなど、ベンチャー企業の育成に取り組んでいます。

旧村上ファンドのエフィッシモ・キャピタルと対立した東芝

日本を代表する名門企業・東芝はアクティビストファンドに翻弄され続けました。

大きな転換点となったのが、2006年の米国原子力関連企業ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニーの買収。当初、ウェスティングは関係が良好だった三菱重工業<7011>が20億ドル程度で買収すると見られていました。東芝は2倍以上上回る54億ドルで打診。買収が成立しました。

2011年3月11日の東日本大震災で、福島第一原子力発電所がメルトダウンを起こすという大災害に見舞われると、核の脅威を前に各国が原子力発電所の建設計画を見直します。原子力発電所建設プロジェクトが滞ったことにより、ウェスティングハウスは2017年3月に米国連邦倒産法第11条の適用を申請しました。

これにより、東芝は7,000億円超という巨額ののれんの減損損失を計上。2017年3月期に2,757億円の債務超過に転落します。上場廃止を回避するため、東芝メディカルをキヤノン<7751>に売却。更に東芝メモリもベイン・キャピタルを中心とした日米韓企業連合に売却しました。

そして2017年12月に6,000億円という大規模増資を実施します。割当先の1社がエフィッシモ・キャピタル・マネージメント。旧村上ファンドの幹部だった高坂卓志氏が中心となって運営するアクティビストファンドで、東芝と激しく対立するようになります。

エフィッシモ・キャピタルは2020年7月の定時株主総会議決権行使の集計で、三井住友信託銀行(東京都千代田区)が一部の議決権行使書を無効にしたことを問題視。再調査するよう求めましたが、東芝は追加調査は必要ないと反対しました。しかし、2021年3月の臨時株主総会でエフィッシモ・キャピタルの議案が賛成多数で可決されました。当時の東芝のCEOは車谷暢昭氏。窮地に追い込まれた車谷暢昭氏は、古巣のCVCキャピタル・パートナーズ(イギリス)支援のもとで東芝の買収を画策。非上場化を目論んでアクティビストを排除しようとしましたが、買収計画が外部に漏れて騒動へと発展し、車谷氏は辞任へと追い込まれます。

東芝は2021年11月に会社を3分割する大胆な経営改革プランを打ち出しますが、株主からの支持が得られずに2022年2月に2分割プランへと方針を転換。しかし、3月の臨時株主総会で否決されます。

綱川智元社長と畠沢守元副社長は3月に退任。執行役上席常務の島田太郎氏がCEOに就任しました。島田氏就任後の4月7日に東芝は投資家やスポンサーから企業価値向上に向けた提案を募集することを決議しました。

東芝が非上場となるのか、上場が維持されるのかは現段階では分かりません。パートナーの選定は名門企業の行く末を決める重要度の高いものであることは間違いありません。

産業革新投資機構はルネサスエレクトロニクスやジャパンディスプレイ<6740>のような再生案件で巨額の利益を得ており、本来の目的である新たなビジネスの創出への貢献度が低いとの批判が一部であります。東芝を買収するとなれば、そうした批判が再燃する可能性もあります。

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