ジャパンディスプレイが600億円の「格安出資」を拒めない理由

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ジャパンディスプレイ(JDI)<6740>への「出資話」が活発になってきた。同社製液晶ディスプレーを搭載する米アップルのスマートフォン(スマホ)「iPhone XR」の販売不振で業績の悪化が懸念されているからだ。2018年3月末で809億円あった現預金は9月末に622億円に減少。2019年2月14日に発表した2019年3月期第3四半期(2018年10-12月)決算によると、12月末には544億円にまで減っている。

「iPhoneXR」の販売不振がJDIの経営に大打撃を与えた(アップルホームページより)

わずか「1カ月間の売り上げ」という格安売却

売却先として報道で取り沙汰されているのが、タッチパネルを手がける台湾TPKホールディングと中国政府系ファンド「シルクロード基金」の台中連合だ。30%程度の出資で交渉が進んでおり、取得金額は約600億円という。JDIの時価総額(609億円)とほぼ同じだが、同社の18年3月期連結売上高7175億2200万円の約12分の1、わずか1カ月分の売り上げに相当する。

ソフトバンクに買収されたARMは年間売上高の18年分以上、「上場廃止を回避するための叩き売り」と揶揄された東芝メモリですら2年分を超えた。30%の出資とはいえ、100%出資換算でも約3カ月分の売上高(約2000億円)にすぎず、「安売り」にもほどがある。

これほどの「格安案件」ならば他の出資候補企業が続々と登場しそうなものだが、その動きはなさそうだ。なぜか。謎を解くカギはJDIの買収候補として名乗りをあげているのがタッチパネルメーカーということ。JDIの主力事業であるディスプレーメーカーではない。

ディスプレーメーカーとしての魅力は「ほぼゼロ」

実はディスプレーメーカーとしてのJDIには、ほとんど魅力がない。つまりM&Aの価値としてはほぼ「0」である。スマートフォン向けのディスプレーでは有機ELがすでに主流になっており、2020年以降にはJDIが量産する従来型液晶は新興国向けの低価格スマホ向けに売れるぐらいだろう。そうなればコスト勝負なので、大規模な生産工場を持つ企業が有利。iPhoneなどの高価格スマホ向けディスプレーを主力とするJDIでは、規模が小さすぎるのだ。

有機ELを生産するJDI茂原工場(同社ホームページより)

JDIも有機ELを無視しているわけではない。2019年度中に茂原工場(千葉県茂原市)で蒸着式有機ELが量産化の最終段階に入る。月島社長も「有機ELの量産技術はほぼ確立した。すでにパイロットランの状態」と胸を張った。

しかし、業界から見れば「遅すぎる」の一言に尽きる。すでに有機ELは標準的なデバイス(部品)であり、すでに安定供給の実績が積みあがっている巨大メーカーが存在する。これから量産が始まるような未経験のJDIに発注するスマホメーカーは少ない。

価格面で競争できるのなら話は別だが、有機ELも生産量がコストを大きく左右する。要は設備投資額で勝たなければダメということ。企業規模が小さく赤字企業のJDIが、韓国サムスンをはじめとする強豪メーカーと同等以上の設備投資をするなど不可能な話だ。

JDIの売上高のうち約8割はスマホ向けの液晶パネルとみられており、それを除いた年間売上高は約1435億円。出資分に相当する30%となると約430億円で、買収額は約1.4年(およそ1年5カ月)分の売上高相当となる。

スマホ以外の事業を買収したとみれば、割安ではあるものの「超優良企業」といわれた東芝メモリーが約2年分だったこと、当時の東芝同様にJDIの業績が低迷していること、マイノリティー出資であることなどを考慮すれば、そこそこ妥当な金額といえるかもしれない。

本当に切り捨てるべき事業は…

JDIとしては台中連合からの出資をてこに経営の立て直しを模索することになりそうだ。が、稼ぎ頭のiPhoneは2020年から廉価モデルにも有機ELが採用される方針。そうなると有機ELを持たないJDIがアップルに供給できるのは値下げして併売される旧モデルのみとなり、受注量は激減する。iPhone向けの供給が細れば、さらなる業績低下は避けられない。

JDIの月﨑義幸社長は同会見で「製品ポートフォリオを変えることに視点を置き、スマホ一本足打法からの脱却スピードを速くする」と、スマホ向けディスプレー以外の製品で売上拡大を目指す方針を明らかにした。しかし、2018年11月には月﨑社長が「ノンモバイルは安定分野であり、飛躍的に拡張する事業ではない」と語っており、iPhone失注に伴う急激な業績低下をカバーするには力不足だ。

JDIは筆頭株主のINCJ(旧・産業革新機構)から債務保証を受けており、銀行団と総額1070億円のコミットメントライン契約を締結している。ただ、こうも赤字が続けば、次の契約期日である2019年8月7日以降の更新に、銀行団も及び腰になるのは避けられない。JDIとしては当面の財務を安定させるためにも、台中連合との交渉をなんとしてもまとめたいだろう。

台中連合としてはJDIのタッチパネル技術と、それから派生する大面積・透明・フレキシブルな静電容量式ガラス指紋センサーの量産技術を囲い込む狙いがある。いずれ台中連合がJDIのタッチパネル事業を切り出して買収する可能性もある。

JDIの新世代車載コクピットディスプレー(同社ホームページより)

もう一つの有望製品である車載コクピット向けディスプレーも、仏自動車部品大手のFaurecia Interieur Industrie SAS(フォルシア)との間で、2019年2月26日に協業プロモーションの覚書を締結した。いずれはフォルシアによる出資や事業買収も考えられる。

JDIが当面の運転資金目当てに事業の「バラ売り」につながりかねない出資を受け入れ続けるとすれば、やがては将来性のないディスプレー事業しか残らなくなる。JDIがやるべきことは「逆」なのだ。もはや赤字しか生まないディスプレー事業は、一刻も早く切り離すべきだろう。そしてディスプレー事業以外の競争力と成長性がある事業に特化する。そうしない限り、JDIの再建の道は見えてこない。

文:M&A Online編集部