【日本郵政】日本最大の企業グループが嵌ったM&Aの陥穽

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 日本郵政は郵政民営化法案の可決成立により2006年1月、日本郵政株式会社が誕生。2015年11月には子会社のゆうちょ銀行、かんぽ生命とともに東証1部へ3社同時上場した日本最大の企業グループである。

今回はグループ連結売上高および営業利益データ、その他基本情報を確認しつつ、大きな話題となったToil Holdings Limited(以下トール社)の減損処理に至った原因を見ていきながら、2017年7月時点での日本郵政のM&Aの成否を確認する。

日本最大の企業グループが嵌ったM&Aの陥穽

 日本郵政<6178>は2005年10月14日の郵政民営化法案の可決成立により2006年1月23日、日本郵政株式会社として設立した。そして2015年11月4日、子会社のゆうちょ銀行、かんぽ生命とともに東証1部へ3社同時上場した。

【企業概要】13兆を超える売上は日本最大の企業グループだが…

日本郵政の前期連結売上高は13兆3,265億34百万円(前期比9,310億6百万円減)、連結経常利益は7,952億37百万円(前期比1,710億3百万円減)。郵便、銀行、保険の3事業ともにライバル他社を大きく引き離し、まさに日本最大の企業グループといえる。

  ただし、前期末決算では、2015年2月18日にM&Aにより100%子会社化したToil Holdings Limited(以下トール社)の、のれん代と固定資産の減損処理が大きな話題となった。

 トール社は、オーストラリアの物流最大手。減損処理した額は、のれん代の全額3,923億円と固定資産の一部80億円で合計4,003億円。この結果、当期純利益が△289億円とマイナスに転落した。

【株主構成】民営化したものの、8割を政府が保有

 現在の株主構成は、民営化したものの依然として80.49%を政府(財務大臣)が保有しており、上場後も政府の強い意向が反映されるものと考えられる。1.03%を保有する社員持株会に次いで、金融機関が0.5%未満で名を連ねている。

表1:日本郵政の大株主 (2017年3月31日現在)

日本郵政公式HPより
大株主名 所有株式数(千株) 所有株式数の割合(%)
財務大臣 3,622,098 80.49
日本郵政社員持株会 46,506 1.03
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 21,521 0.47
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 17,629 0.39
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口5) 10,016 0.22
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口9) 9,669 0.21
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口1) 7,490 0.16
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口2) 7,328 0.16
THE BANK OF NEW YORK, TREATY JASDEC ACCOUNT 6,743 0.14
STATE STREET BANK WEST CLIENT - TREATY 505234 6,572 0.14
3,755,577 83.45

【M&A戦略】トール社の買収では何を見誤ったのか

 国内郵便事業が縮小していく中、日本郵政は民間企業として今後どのような成長戦略を描いていくか。今回のトール社の買収は、日本郵政が上場会社として収入・利益ともに発展性のある計画が描けていない現状のなか、郵便事業の収益力を強化する意図があった。

 そのためトール社の買収は、新たな事業基盤の獲得に向け、国際物流事業を成長分野としてとらえ、特に成長著しいアジアマーケットで展開していくためのM&Aであった。衰退事業をカバーしていくための成長分野への新規進出である。

 ところが、前期決算の減損理由を見ていくと、まずはトール社の国際フォワーディング事業の実績は、買収前2期平均売上高221百万豪ドルに対し前期売上高は184百万豪ドル。売上高は買収前2期平均の83.32%に減少した。

 また、トール社の売上高に占める割合が一番大きい豪州国内物流事業は、譲渡前2期平均が253百万豪ドルに対し買収2年後には91百億豪ドルまで落ち込み、2年で6割以上減少する結果となった。さらに前期末は事業単位で△23百万豪ドルの赤字に転落している。

事業別の営業損益(EBIT)推移

 トール社の事業別EBIT(支払金利前税引前利益)推移を見ると(下図参照)、いわゆる3PL事業等を行うコントラクト事業こそ堅調なものの、豪州国内物流事業、航空・海上・陸上貨物輸送を行う国際フォワーディング事業等の実績の悪化は著しく、全体の足を大きく引っ張る格好となっている。

事業別EBITの推移
(日本郵政グループ2017年5月15日発表「2017年(平成29年)3月期決算の概要」より)

 日本郵政としては、当初目的とした国際物流事業での事業拡大を実現していく前に、豪州内の物流事業の収益悪化により減損処理を余儀なくされてしまった結果である。

 豪州内の物流事業の収益悪化の主な原因としては資源価格の下落、中国経済豪州経済の減速等としているが、2017年4月25日の発表では、買収価額が少し高すぎた、現地に任せすぎたとの話もあった。買収価額は6,200億円(2015年5月買収)で、減損損失は2017年3月末に4,003億円。買収からわずか1年10カ月である。

【業績推移】銀行事業と生命保険事業が収益の柱に

ここ数年の連結経常収益を見てみると、平成29年3月期経常収益は前年同月比6.5%減の13兆3,265百万円である。ちなみに、営業利益は前期比14.6%減の1兆291億円である。

連結経常収益推移 (単位:百万円)

 また、事業部別(セグメント別)の営業利益のグラフを見てみると、銀行事業の営業利益(ゆうちょ銀行)、生命保険事業の営業利益(かんぽ生命保険業)が収益の柱となっていることがわかる。

セグメント別営業利益推移(単位:百万円)

 日本郵便の主要事業の郵便・物流事業の利益増加策として、今期は郵便料金値上げ等の対策を講じている。しかし、全体としても5期連続して経常収益の減少が続いており、上場会社としては収入・利益ともに発展性のある計画が描けていないのが現状である。

買収は「買った後が重要」と考えさせられる結果に

 M&Aにより、株主と経営体制が変わった後、既存事業を維持しながら相互にシナジーを発揮することにより、払ったのれん代を回収し、いかにそれ以上の利益を上げていくか。買収することが目的ではもちろんなく、買って終わりではない。日本郵政のM&Aは、そのことを改めて考えさせられるM&Aの事例ではないだろうか。

  この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

文:M&A Online編集部