新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の新規感染者数が、今春の「第1波」を上回って久しい。死亡者数も急増しており、政府による「緊急事態宣言」が再度出されるのではないかとの見方もある。しかし、どうやら感染拡大が進み死亡者数が増加しても、政府の「緊急事態宣言」は二度と出ない可能性が高い。なぜか。
政府は「緊急事態宣言」の再発出を否定してきた。理由は「再び緊急事態宣言を発出する状況に該当しない」(菅義偉官房長官)から。その根拠として、外国と比較して死亡者数が少ないことなどを挙げている。
が、ここに来て国内の死亡者数は増加し始めた。2020年8月の死亡者数はすでに100人を超え、7月の39人を大きく上回っている。「第2波」の到来当初は重症化しにくい若年層が中心で感染も東京など首都圏に集中していたが、高齢者や地方にも感染は再度拡大している。
とりわけ高齢者比率が高く、医療体制が脆弱な地方でコロナ感染者の急増による医療崩壊が起これば、死亡者数は爆発的に増加する懸念がある。それでも政府が「緊急事態宣言」を二度と出さない理由は三つある。
一つは8月17日に内閣府が発表した今年4月から6月までのGDP(国内総生産)の実質伸び率が年率換算で−27.8%と、リーマンショック後の同−17.8%を超える過去最大の下落を記録したこと。
この期間は政府がコロナ対策で「緊急事態宣言」を出し、経済が「官製自粛」をしていた時期に当たる。再度「緊急事態宣言」を出せば日本経済の落ち込みは「底なし」となる懸念があり、政府としては二度と手を出したくない。
さらに厳しいロックダウン(都市封鎖)にもかかわらず経済活動を再開した欧州諸国が「第2波」の感染増に見舞われているのに対し、厳しいロックダウンを実施しなかったスウェーデンのコロナ感染が落ち着いていることも「追い風」になっている。
スウェーデンではコロナ死亡者数が5700人を超え、人口100万人当たりの死亡者数は日本の約70倍の570人に上り「コロナ対策の典型的な失敗例」と批判されていた。ところが4月以降は死亡者数、重傷者数ともに減少を続けており、7月20日以降は一ケタをキープ。8月15日以降は0人。
スウェーデン政府は、感染対策の指揮をとる疫学者アンデシュ・テグネル氏の「ロックダウンに学術的エビデンス(根拠)がない。一時的に流行を抑制しても、感染再拡大は阻止できない」との主張を容れて厳しい規制を実施しなかった。
1918年-1920年に世界的流行を引き起こしたスペインインフルエンザ(スペイン風邪)の疫学調査では、ロックダウン実施の有無と感染者数・死亡者数の間に有意な差が見いだせないことが分かっている。
つまり「ロックダウンをしてもしなくても、感染者数や死亡者数は変わらない」ということだ。スウェーデン方式に対する評価の変化は、日本政府としても再度の「緊急事態宣言」を出さない「追い風」になる。
政府が「緊急事態宣言」の再発へ動かないのに業を煮やし、愛知県や沖縄県などで独自の「緊急事態宣言」が出ている。もともと「感染者数や医療体制も異なるのに、全国一律の緊急事態宣言はおかしい」との指摘もあった。
政府としても「緊急事態宣言」で経営自粛を求める際に支払う補助金などの予算負担が減るというメリットもある。自治体から補助金の国庫負担を求める声は上がるだろうが、国が発令するわけではないので全額負担は免れる。
いつもならラッシュとなるお盆期間。今夏は「緊急事態宣言」が出ていないにもかかわらず、混雑はなかった。新幹線は全路線で上り・下りともに自由席乗車率のほとんどが20%を下回り、国内航空便の搭乗率も5割余り、高速道路でも全国的に目立った混雑や渋滞はなかったという。
国民の間で「コロナ自粛」が定着しており、政府が何も言わなくても感染予防のために自主的に動いてくれる。ならば、政府が国内経済を落ち込ませ、社会を混乱させたと批判をあびる「緊急事態宣言」を出す必要などない。
ただ、一方で「コロナ自粛」の定着が、日本経済の回復を遅らせる懸念もある。政府はコロナ感染の再拡大にもかかわらず、観光消費を喚起するために「GO TOキャンペーン」を断行した。が、結果はお盆の人出をみれば分かるように「笛ふけど踊らず」。
日本政府の最大の懸念材料は「緊急事態宣言」を出さないことによる感染爆発よりも、むしろ国民に定着した「コロナ自粛」の長期化による景気の長期低迷かもしれない。
文:M&A Online編集部