米国の「新型インフレ」は利上げで解決するほど単純ではないかも

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政策金利の引き上げを決めた米FRBのパウエル議長(Photo By Reuters)

狂乱物価は抑え込めるのか?米連邦準備制度理事会(FRB)が15日、政策金利を0.75%引き上げると決めた。約40年ぶりの物価暴騰に対処するため、引き上げ幅を従来の3倍にまで踏み込んだ。1994年11月以来となる27年7カ月ぶりの大幅利上げだ。しかし、米国を襲っている現在のインフレは、従来とは様相が異なる。果たして効果はあるのか?

簡単ではないサービス業の「増産」

市場経済のセオリーである均衡理論によれば、物価が上昇すれば供給が増えて値下げ圧力が働く。しかし、米国で進行しているインフレは、物価が急騰しているにもかかわらず供給が一向に増えないのだ。

その理由として、米国経済ではモノよりもサービスの依存度が高くなっていることが挙げられる。モノであれば増産で対応できるが、サービスは簡単に増産できない。多くの場合、サービスはモノづくりよりも人手に依存しており、労働市場が逼迫(逼迫)すれば簡単に補充できないからだ。

米労働省の雇用統計によると、5月の就業者数(農業部門を除く)は約39万人増加した。コロナ禍前の2010〜2019年の10年間平均が月18万3000人だったので、その2倍以上の増加だ。昨年の55万人超に比べると状況は落ち着いてきたが、企業の人手不足感は大きい。

背景にあるのは移民の減少だ。トランプ前政権が打ち出した移民抑制政策はバイデン政権によって軌道修正されたが、コロナ感染防止で入国者を絞っており完全には戻っていない。新たな労働力が供給されないため、企業は賃金を引き上げている。

米労働統計局によると、4月の平均時給は31.85ドル(約4280円)で、前年同月比で5.5%増加した。昨年に比べると賃上げ率は下がっているが、引き続き人手不足で賃金上昇は止まらない。

「日本と違って賃金が上がっているのだから、消費も伸びて景気の好循環につながるのでないか」との見方もある。ところが消費意欲は伸びても、供給が追いつかない。最も顕著なのが物流だ。物流を担う港湾・倉庫労働者やトラック運転手などが不足し、商品の供給が円滑に進まなくなっている。

「持続可能性」重視でサービス提供が逼迫

米主要港のロサンゼルス・ロングビーチ港では、通常時は0〜1隻の入港待ちコンテナ船舶数が、2022年に入って80隻前後と急増。2014年から2015年の労働争議で生じた港湾物流危機を上回る混乱ぶりだ。さらに物流混乱に伴う保管期間の長期化で倉庫が逼迫するなど、供給側の問題は解決しそうにない。

企業の動きも変わっている。かつては多くの企業が「商機を逃すな!」とばかりに積極投資で供給増に走った。しかし、今日では「売上増」よりも「持続可能性」を重視するようになっている。つまり目先の需要増に踊らされることなく、持続可能な範囲内で事業を展開するという考え方だ。

全米で不足している倉庫の場合、一時的に不足したとしても増設はしない。スペースが足りなくなれば料金を引き上げることで荷物の引受量を減らし、それでも足りないなら受け入れを断わるということだ。倉庫業者にとっては新規投資というリスクをとる必要がなく、売上高が上がるのだから「持続可能性」は向上する。

実際、倉庫業者から「これまでの3倍の保管料を支払え。さもなくば荷物を引き上げろ」と求められて途方に暮れている中小企業も出ている。普通なら競合企業が新たな倉庫を増設して顧客を横取りするのだが、労働者を集められない状況下で建物を新設しても稼働できない。なにより同業他社が同じ「持続可能性」重視の行動をとっているのだから「横取り」の懸念はなく、いわば「不作為のカルテル」状態になっている。

FRBによる利上げは企業の求人意欲を下げ、賃金を引き下げる効果があると期待されている。しかし、流通を含むサービス業で積極的な事業拡大の動きがない限り、米国の物価高は止まらない。皮肉にも利上げは事業拡大に必須となる新規投資のブレーキとなる。今回の米国のインフレは、舵取りが極めて難しそうだ。

文:M&A Online編集部