「安全資産」とされる貴金属。とりわけ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的流行)にもかかわらず高騰を続ける株価の警戒感から、本来なら貴金属相場が下落する要因となる株高下でも値上がりが続いている。その代表格といえば「金(ゴールド)」。しかし、その金を上回る勢いで高騰しているのが「銀(シルバー)」だ。しかも、金よりも「安全」ともいわれている。本当にそうなのか?
米調査コンサルタント会社のCPMグループの調査によると、2001年から2011年までの10年間に金は6.36倍に値上がりした。一方で、銀は9.04倍も高騰している。その前の貴金属高騰期だった1993年から1996年までの3年間で金価格が28%上昇した時も、銀は63%と金を上回る値上がりをみせた。貴金属相場の上昇局面では、銀の方が「儲かる」のだ。
工業材料として多用される銀は、金よりも景気動向に左右されやすい。コロナ禍が収束して製造業が盛り返せば、さらに値上がりも期待できる。とはいえ「山高ければ谷深し」のたとえ通り、値下がり局面に入ると銀の下落率は金よりも大きい。
コロナショックを受けて、株価同様に貴金属相場も一時下落した。ダウ・ジョーンズ・マーケットデータによると、3月18日に先物終値の年初比で金が2.777%下落したのに対して、銀は34.177%も暴落した。
その後、8月5日には金が年初比で35.012%値上がりしているのに対し、銀は59.227%も高騰している。銀は単なる「ハイリスク・ハイリターン」商品にしか見えない。どこが「安全」なのか?
株価が高騰しているにもかかわらず、株と違って配当のつかない貴金属価格も上昇している理由の一つに、金融破綻への警戒感がある。ただでさえ景気の足元が弱く、多額の財政出動によって不況を食い止めていた状況下にコロナ禍が世界経済を襲った。
国際通貨基金(IMF)によると、6月時点で各国政府による新型コロナ経済対策の規模が10兆ドル(約1070兆円)に達した。世界の国内総生産(GDP)に占める財政支出総額比率は、リーマン・ショックによる金融危機が深刻化した2009年の1.7%を2倍以上も上回るのではないかとの試算すらある。
さらにコロナ感染拡大の第2波に伴う追加財政出動もあり、景気低迷が長引いて「世界不況」の状況に陥れば、先進国でもデフォルト(債務不履行)が発生するリスクが高まる。そうなれば株式も通貨も暴落するのは必至だけに、株価や通貨価値とリンクしない「安全資産」の貴金属への資金流出が起こっているのだ。
「安全資産」ならば、金でも同じではないか?実は金にも「リスク」がある。1933年に米国のフランクリン・ルーズベルト大統領が「大統領令6102号」を公布し、国民が保有する金を1トロイオンス(約31.1グラム)当たり20.67ドルで政府に強制拠出することを命じたのだ。
米国政府は1934年の「金準備法」で金価格を同35ドルと定めたため、金を保有する国民から同14.33ドルを没収したことになる。当時は金本位制で、景気刺激策となるニューディール政策の資金を確保するために、金をかき集めなければならなかったという事情もあった。
管理通貨制度の下で金と通貨流通量がリンクしない現在では、こうした金の事実上の没収はありえないとの指摘もある。が、実際に国家財政が破綻した場合、政府が取りうる手段は国民財産の没収しかない。
日本では1946年2月に実施された「金融緊急措置令」による、新紙幣(新円)の発行と従来の紙幣の流通を停止した「新円切替」がそれに当たる。切替とはいえ、貨幣価値で見れば新円は旧円よりもはるかに低かった。
日本政府は新円切替で得た多額の「差益」により、戦前の軍事費で膨れ上がった財政赤字を解消する。一方で日本国民が戦前から保有していた現金資産は、日本国債同様にほぼ無価値となった。
国民がこうした資産の没収を避けるためには、金などの貴金属へ資金を移しておくしかない。だが、そんなことは政府も百も承知。次にデフォルトが発生すれば、貴金属資産についても「大統領令6102号」同様の没収政策を取るはずだ。
しかし「抜け道」もある。それが銀だ。「大統領令6102号」で対象となったのは金だけで、大量の銀を保有していた資産家は没収を免れた。金本位制の下で通貨とリンクしない銀を、わざわざ没収する必要はなかったという事情もあった。
だが、価格が金の70分の1と安く大量に出回っている銀を没収しても、政府にとってメリットは小さかったはずだ。たとえば1億円分の金を没収した場合の重量は13.6kgにすぎないが、銀だと974.5kgと1トン近い。没収したところで保管に困るだろう。
個人資産として銀を保有するケースが、金に比べて極めて少ないのも同じ理由だ。銀は金よりも場所を取るため、貸金庫などの保管コストがかかる。自宅で保管しようにも銀地金は30kgのインゴットで売られており、5gから購入できる金やプラチナのように小分けして隠すわけにもいかない。
ETFなどの投資信託ならば保管場所は不要で、銀も金よりわずかに高い手数料で運用できる。しかし、こちらは現物(銀地金)と違い、デフォルト時に「没収」の憂き目にあう可能性が高そうだ。
文:M&A Online編集部