「対話と傾聴」で事業継承を支援する 角野然生中小企業庁長官

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「丁寧に向き合うことで中小企業経営者に寄り添える」と話す角野長官(Photo by Riho Hayashi)

ワクチン接種が進み、ポストコロナの展望もひらけようとしている。しかし、経済環境は大きく変わった。一方で中小企業の後継者不足は、ますます深刻になっている。新しい時代を生き抜き、大量廃業を防ぐためにもM&Aを含む事業承継は大きな課題だ。そこで角野然生中小企業庁長官に国の支援策を聞いた。

十分な予算を確保し、事業継承を強力に支援

-中小企業庁が取り組んだ2021年の主な事業承継支援について教えて下さい。

4月に親族内承継支援の「事業承継ネットワーク」と第三者承継支援の「事業引継ぎ支援センター」を統合して、「事業承継・引継ぎ支援センター」を設立。新たな事業承継の窓口としてワンストップで対応できるようになった。加えて事業承継・引継ぎ補助金でM&A支援機関登録制度に登録された仲介業者やファイナンシャルアドバイザー(FA)などの専門家を活用した費用なども支援できるようにしている。

税制面では非上場株式等についての贈与税・相続税の負担を実質ゼロにする事業承継税制に加え、設備投資減税や雇用確保を促す税制、準備金の積み立てなどで優遇を受けることができる経営資源集約化税制も2021年8月から運用を始め、10月末までの3カ月間で39件の申請があった。

-盛り沢山な内容ですね。2022年についてはどうでしょうか。

2021(令和3)年度補正予算では事業承継・引継ぎ補助金を新たに中小企業生産性革命推進事業の一環と位置づけ、トータルで約2000億円の予算を確保した。従来のものづくり補助金・小規模事業者持続化補助金・IT導入補助金の3点セットに、この補助金が加わる。

中小企業からの「補助金を通年でまんべんなく申請して、採択できるようにしてほしい」との要望に応えたもので、中小企業基盤整備機構(中小機構)と連携しながら、年間を通じて機動的かつ柔軟に事業承継・引継ぎの取り組みを支援していく。

2022(令和4)年度政府予算案では事業承継・引継ぎ支援センターの人員強化やM&A支援機関との連携強化を図るとともに、経営資源引継ぎ型創業や転・廃業時の経営資源の引継ぎにも対応できる事業承継総合支援事業などで大幅な増額となっている。

中小企業経営者に「寄り添う」支援を

-菅内閣では事業承継支援を非常に重視していました。岸田内閣では位置づけが変わりますか。

岸田内閣でも事業承継の推進は引き続き大きな課題と捉えている。ポストコロナで事業再編や再生支援のニーズが高まることに備え、事業再構築補助金も活用しながら事業承継・引継ぎや事業再生を支援する方針だ。事業承継やM&Aによって、既存の中小企業に新しい経営資源が入ってくる。

例えば経営者。若返りして新しい後継ぎが来る、あるいは外部から新しい考えを持つ経営者がやって来て会社の自己変革力が高まってくる…という具合だ。ポストコロナの時代は事業環境の変化が大変激しいと考えられ、企業にとっても自己変革力は非常に重要な要素になる。

-中小企業の経営者には「一国一城の主」という感覚の持ち主も多く、M&Aに拒否感を持つケースもあります。

かつてはM&Aにマイナスイメージを持つ中小企業経営者も多かったが、10年前と比較してイメージがプラスになったと回答した事業者が約9割との調査結果もある。M&Aに対する抵抗感もかなり薄れてきたようだ。ただ、なかなかM&Aによる第三者への事業承継に踏み切れない経営者もいらっしゃる。

私が手がけてきた伴走支援の現場で、話をしていくうちに70代の経営者から「後継者問題を考えなくては」と本音が出てくることもあった。伴走支援では「対話と傾聴」が重要。経営者の本音を引き出せるし、経営者自身も頭の整理ができる。こうした支援を、きめ細かくやっていくことが求められる。

-2021年10月に「M&A仲介協会」が発足し、来春から本格的な活動を始めます。協会への期待と、官民共同での事業承継にどのように取り組むかを聞かせて下さい。

「M&A支援についてはきめ細かい対応が重要」と話す角野局長

M&A支援機関が増加する中で、十分な知見やノウハウを持たない事業者の参入も懸念されてきた。M&Aのマッチングインフラを健全に発展させることが大事だ。「M&A仲介協会」は中小M&Aガイドラインの遵守やM&A仲介に関わる苦情相談窓口の設置など、M&A市場の健全な発展と中小企業の保護で重要な役割を果たしていただけるものと期待している。

中小企業庁でも2021年8月にM&A支援機関登録制度を立ち上げ、事業者の登録を促しているところだ。現在、2000以上の事業者に登録いただいている。官側の登録制度や民間による自主規制団体の設立といった官民の取り組みを連携し、M&Aの適切な環境づくりと健全な発展に向けてしっかりと取り組みを進めたいと考えている。

【角野然生中小企業庁長官】
1964年東京都生まれ。1988年東京大学経済学部卒業、通商産業省入省。 2015年、内閣府原子力災害対策本部現地対策本部事務局長として、福島第一原子力発電所事故の被災事業者の支援に当る。2018年、経済産業省関東経済産業局長。2021年、中小企業庁長官に就任。

文・聞き手:糸永正行編集委員

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