2020年のTOBと来年の展望ー窪田真之楽天証券経済研究所長

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NTTによるドコモTOBは世間を驚かせた(東京都渋谷区のNTTドコモ代々木ビル)

2020年のTOB株式公開買い付け)は12月23日現在で前年比12件増の58件と2年連続で増加した。注目すべきはTOB金額で、総計約5兆9950億円と、リーマン・ショックが発生した2008年以降では過去最高だった2019年の約1兆7000億円のおよそ3.5倍に膨れ上がった。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う景気減速をものともせず成長するTOB市場。楽天証券経済研究所の窪田真之所長に2020年のTOBを振り返ってもらった。

親子上場解消TOBの背景は

楽天証券経済研究所の窪田真之所長

-今年印象に残ったTOBを教えて下さい。

三つ上げるとしたら「NTTによるNTTドコモへのTOB」「ソニーによるソニーフィナンシャルホールディングスへのTOB」「ニトリホールディングスによる島忠へのTOB」だ。

-二つは親会社による子会社へのTOBですね。

来年以降も親子上場解消のTOBは増えるだろう。とはいえ、NTTやソニーのような完全子会社化するだけではなく、日立製作所が昭和電工へ譲渡した日立化成のように親会社TOBで売却する動きも出てくる。

親会社による「買い」と「売り」のTOBがある、と。どこでその判断は分かれるのでしょう?

一つは親会社の本業にとって重要かどうか、もう一つは連結利益が大きいかどうかだ。一般に本業にとって重要であり連結利益が大きければ「買い」、そうでなければ「売り」のTOBになる。たとえばNTTとドコモの場合、NTTの利益の多くはドコモからの連結利益。それを100%自社の利益に組み込むため、TOBで完全子会社化したと思われる。一方、ソニーは本業をハード主体の製造業からソフト事業へ転換しようとしている。今、ソニーの連結利益を稼いでいるのはゲームや金融、映画、音楽など。ソニーフィナンシャルのTOBは、まさにソニーが本体の業態を大きく変えようとしている表れだ。

ニトリにとって島忠TOBは「好手」なのか? 

-ニトリとDCMホールディングスの島忠争奪戦も話題になりました。

島忠にとっては同業のホームセンター大手DCMによるTOBの方がメリットはあったと思う。DCMは独立経営している三つのホームセンターの集合体であり、島忠の独立性も守られた可能性が高い。さらに共同購買でDCMのプライベートブランド(PB)製品を安く調達できるメリットもあった。中堅ホームセンターのケーヨーもDCM傘下に入って調達したPB製品がよく売れている。

-にもかかわらず、DCMがニトリにTOBで破れた理由は何でしょう?

TOB価格が安すぎたということだろう。2019年にエイチ・アイ・エスが不動産のユニゾホールディングスにTOBを仕掛けて失敗したのと同様のケースだ。安すぎるTOBの買付価格が対抗TOBを招いてしまった。

ただ、ニトリのTOBによる島忠買収には疑問も残る。ニトリと島忠には出店場所が近い店舗もあり、わざわざホームセンター業界の再編に割って入る必要があったのかどうか。ニトリとしては島忠TOBに投じた資金を海外展開に活用し、イケアに対抗する存在を目指す方が良かったのではないかと思う。

2021年は不動産業界のM&Aに注目

-さて、来年のTOBはどうなるでしょうか?

先ほど指摘した重要子会社のTOBは活発になるだろう。業種別では不動産業界でのTOBが増えるのではないか。理由は不動産市況の悪化が予想されること。それに伴う株価の下落によりPBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る不動産会社が増えれば、敵対的TOBを仕掛けられるケースも出てきそうだ。ユニゾの実質PBRはエイチ・アイ・エスに敵対的TOBを仕掛けられた2019年7月時点で0.30倍と、かなり割安だった。こうしたユニゾ型TOBが出てくる可能性は高まるだろう。

-エイチ・アイ・エスのように異業種から不動産会社へのTOBを仕掛けるメリットは何でしょう?

地価が下がっても、利益変動が激しい一般業種から見れば不動産業は安定した収益を得られる。2004年に商船三井がダイビルを連結子会社にしたのも、景気によって業績が大きく変わる海運業のヘッジ(回避)のためだった。自社あるいは傘下にある不動産会社のPBRが1倍を切った場合は、敵対的TOBに警戒する必要があるだろう。 

窪田 真之(くぼた・まさゆき)氏
楽天証券経済研究所 所長兼チーフ・ストラテジスト
1984年慶應義塾大学経済学部卒業。住友銀行、住銀バンカース投資顧問、大和住銀投信投資顧問を経て2014年より現職。日本株ファンドマネージャー歴25年、1000億円以上の大規模運用で好実績をあげたスペシャリスト。

文・聞き手:M&A Online編集部 糸永正行編集委員