政府は事業承継をいかに支援するか?奈須野中小企業庁次長に聞く

alt
奈須野太中小企業庁次長

国内で中小企業の廃業が相次いでいる。民間調査機関の東京商工リサーチによると「新型コロナ」終息が長引いた場合に「廃業を検討する可能性がある」と回答した中小企業の割合が7.7%にのぼった。単純計算だと全国で27万6000社近くの中小企業が廃業を検討していることになる。廃業を食い止めるには「事業承継」しかない。政府も「大廃業時代」の到来に危機感を持っている。中小企業庁のナンバー2・奈須野太次長に事業承継の支援策を聞いた。

さまざまな政策投入で事業承継が増加

-なぜ中小企業の事業承継が必要なのでしょうか?
中小企業の独自技術や雇用といった経営資源を円滑に引き継いでもらうことで、日本や地域の活力を維持することができる。中小企業経営者の平均年齢は上昇しており、事業承継は「待ったなし」の状況だ。

-中小企業庁も事業承継支援に力を入れていますね。
2015年度にはわずか二つだった事業承継事業だが、2020年度には事業承継診断と事業承継支援の連携体制を構築する「事業承継ネットワーク」や第三者承継時のマッチングを手がける「事業承引継ぎ支援センター」「事業承継補助金」「経営資源引継ぎ補助金」「トライアル実証事業」「経営力強化支援ファンド」の六つに増えている。私自身も関わったが、2018年の事業承継税制改正で親族内承継は進んだ。2008年から2018年の11年間で2500件程度だった親族内承継を行う中小企業による税制の利用申請件数が、事業承継税制改正以降の2年半で7000件以上に急増している。

-親族が家業を引き継がないケースも増えています。
そのような場合は第三者承継になるが、各都道府県に設置した事業引継ぎ支援センターが2019年度に1176件のM&Aを成立させた。経営者の親族や従業員にバトンタッチできる人材がいない場合でも、事業承継が実現できる環境が整ってきた。

-業種や地域などで事業承継に特徴がありますか?
あらゆる業種で事業承継が起こっている。地域別にみると首都圏や関西圏など、経済活動が活発なところで事業承継の実績が多い。最近の変化では大企業のサラリーマンで定年退職を迎えた人が事業を引き継ぐケースも出てきた。中小企業庁のホームページでは実際に支援した事業承継の事例を公開しているので、参考にしてほしい。

-2021年度の事業承継支援政策を教えて下さい。
事業引継ぎ支援センターと事業承継ネットワークを統合し、ワンストップで事業承継のご相談に乗れるようにする。これまでは補正予算だったM&A仲介会社へ支払う仲介手数料などの一部を補助する経営資源引継ぎ補助金も当初予算として要求しており、実現すれば継続できるようになる。税制についてはM&A後のリスクに備える準備金、設備投資減税、雇用確保を促す税制措置の三つを一体で講じ、経営資源の集約化を推進する。

あらゆるタイプの中小企業で事業承継を支援

事業承継で期待する効果は何ですか?
単に事業を引き継ぐだけでなく、それにより生産性を向上させることが重要だ。新型コロナウイルス感染症拡大で、従来のビジネスモデルではやっていけない中小企業も増えている。第三者承継-いわゆるM&Aによって事業や業態の転換、新製品や新サービスに乗り出すという「質」の変化も必要になるだろう。なんとしても事業を残す「守りの事業承継」だけではなく、企業力を強化してより利益を上げる「攻めの事業承継」に期待している。

事業承継に関わる企業とのコミュニケーションも重要ですね。
本年11月に中小企業の経営資源集約化等に関する検討会を立ち上げ、M&A仲介事業者や地方金融機関、中小企業団体、商工会議所、公認会計士、税理士、弁護士、学識経験者などメンバーに、足元の課題やより力を入れて取り組むべきこと、事業承継の精緻化、新たな課題などについて話し合っている。

-中・長期的な事業承継政策については?
中小企業経営者の高齢化は続き、事業承継も増える。すべてを行政が支援するのは厳しくなるだろう。特に第三者承継となるM&Aは民間の力で自律的に動いていく必要があると思う。それに向けて何ができるかを検討会で洗い出しているところだ。

-菅義偉首相が中小企業の再編による競争力強化を提言しています。
中小企業に期待される役割と機能には(1)地域資源の活用で高付加価値のビジネスを展開して良いものを高く売る「地域資源型」(2)地域の課題解決と暮らしの実需に応える「生活インフラ関連型」(3)革新的な事業やグローバル展開、M&Aを通じて事業規模を拡大し、高い生産性と国際競争力を持つ「グローバル型」(4)大企業の対等なパートナーとして柔軟な事業再編や取引先拡大により生産性向上や産業構造の転換に貢献する「サプライチェーン型」がある。再編による競争力強化はグローバル型が中心になるだろうが、それぞれのタイプの中小企業が日本や地域の経済活動で重要な役割を果たしている。国としても全てのタイプの中小企業に対して事業承継を支援していく。

奈須野 太(なすの・ふとし)氏 1966年東京都生まれ。1990年東京大学教養学部教養学科卒業、同年通商産業省(現・経済産業省)入省。2007年産業技術環境局技術振興課長、2009年経済産業政策局産業組織課長、2011年原子力損害賠償支援機構執行役員、2012年経済産業政策局参事官(産業人材政策担当)、2014年産業技術環境局環境政策課長、2017年産業技術環境局総務課長、2018年中小企業庁経営支援部長、2019年中小企業庁事業環境部長、2020年7月より現職。

文・聞き手:M&A Online編集部 糸永正行編集委員