日本のコーポレートガバナンスは進化したか? 牛島 信弁護士に聞く

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牛島信さん(東京・永田町の牛島総合法律事務所で)

コーポレートガバナンスの強化が日本企業の成長力を左右する重要なファクターとされて久しい。企業とアクティビスト(物言う株主)を含む投資家との対話が活発になり、独立社外取締役の活用も広がってきた。他方で、これまでタブー視されてきた敵対的買収の成立が現実的なものになっている。

日本のコーポレートガバナンスの現状や今後の方向性をどうみるべきか。この分野の第一人者で、企業小説家の顔を併せ持つ牛島信弁護士(牛島総合法律事務所代表弁護士)に聞いた。

日本の経営が明らかに変化

ー日本におけるコーポレートガバナンス改革の動きをどう評価していますか。

順調に発展してきたのではないか。弁護士となって40年弱、コーポレートガバナンスの現場を長く経験してきた者として、心底そう思っている。もちろん、問題がないわけではないし、現状よりも、もっと良い形があり得たかもしれないことは承知している。

株式会社では経営者の規律づけは株主が行う。その意味で、決定的に重要な株主の切り口から、経営者への牽制が利くシステムとして、コーポレートガバナンスの発想が追加されたことで日本の経営は明らかに変わってきた。社長がわがままで独断的であったり、株主や取引先の動向よりも、人事を中心に社内事情を優先する、そんな古いタイプの人物が社長になれる時代ではなくなっている。

ーそもそもコーポレートガバナンスとは。

会社は経営者次第だとつくづく思っている。トップが優れていれば、会社は伸び、社会の富を増やすことができる。会社が伸びなければ、人々の職場が減り、国の財政が持たなくなる。したがって、経営にあたるベストな人材を選ぶための仕組みが極めて重要となる。良い経営者を選任し、悪い経営者を解任する。これがコーポレートガバナンスの中核にほかならない。

成長戦略としてのコーポレートガバナンス

ー振り返れば、日本でコーポレートガバナンスが声高に叫ばれるようになったのは1990年代初めからです。この間はバブル崩壊後の「失われた30年」と重なります。

バブル経済が崩壊したのは1991年から1993年頃。金融機関の不良債権問題が極限に達して、大手の銀行、証券会社がバタバタと倒れたのは1997、98年の頃だ。産業界の多くは「3つの過剰(債務・設備・雇用の過剰)」に悩まされた。

日本はどん底を経て、少しずつ良い方向に変わっていくはずだった。ところが、そうではなかった。世界の成長に比べて日本の低迷ぶりは明らかだ。1985年には、日本のGDP(国内総生産)は世界の10.2%を占め、1990年には13.7%、1995年には17.5%とシェアを広げていたが、今は5.1%まで低下している。2030年には4.4%、2060年には3.2%になるといわれている。どうして日本はこんなになったんだろう、という思いを私自身ずっと抱いてきた。

こうした中、アベノミクス(安倍晋三政権の経済政策)でコーポレートガバナンスの強化が重要テーマに位置付けられたことは注目に値する。従来、コーポレートガバナンスといえば、企業の不祥事を防止するためのブレーキ機能に重きが置かれていたが、成長戦略の一環として攻めの経営を後押しするアクセル機能を重視する姿勢を鮮明にしたのだ。

ーその車の両輪が「スチュワードシップ・コード」(機関投資家の行動指針)と「コーポレートガバナンス・コード」(上場会社の企業統治指針)の導入でした。

スチュワードシップ・コードは2014年、コーポレートガバナンス・コードは2015年に策定された。これがベストタイミングだったかというと別問題だが、導入される過程がとてもテンポ良く、こんなにどんどん進行するとは思いもよらなかった。いずれも策定まで1年以内にやりきっており、アベノミクスの意気込みを物語るものだった。

独立社外取締役の実質化が必要

ーコーポレートガバナンス強化でどんな変化が起きましたか。

その1つが議決権行使結果の公表だろう。現在、スチュワードシップ・コードを受け入れた信託銀行、生損保会社、年金基金などの機関投資家は個別の投資先企業と議案ごとに議決権行使結果と理由を公表するようになった。

機関投資家が背後の受益者(顧客)に対して責任を負っていることを考えれば、議決権行使結果の公表は本来、当然のことだ。実際、投資先企業が同じであっても、機関投資家がそれぞれの立場で別個の意思表示をしていることが分かる。当然ながら、議決権行使助言会社の役割も一層重要性を増している。

ー2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは独立社外取締役の有効活用、取締役会の実効性確保などが盛り込まれました。

独立社外取締役には大変期待している。私自身、いま最も関心を寄せているテーマでもある。

2015年の策定時、上場企業は独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきとされた。昨年の改訂では新区分の東証プライムへの(旧東証1部)上場企業は独立社外取締役を3分の1以上選任すべきこと、独立社外取締役を主要な構成員とする独立した指名委員会・報酬委員会を設置する、などが定められた。プライム以外の上場企業もこうした基準を相当程度リスペクトしなければならない。

ただ、独立社外取締役が十分に活躍しているとは思わない。形だけ人数を増やせば、無益どころか有害になりかねない。大切なのは独立社外取締役が実質を備えているかだ。有事で重要な役割を果たすのはもちろん、平時でも経営トップの選解任などで一定の責任ある言動をしなければならない。

しかしながら、日本の多くの会社において独立社外取締役は必要な言動をしないという現実がある。日本を代表するような大企業でも不祥事が後を絶たないが、独立社外取締役が機能していなかったことが大きな原因としてあげられる。

メディアの役割とは

ーどうすればいいですか。

現時点の日本で独立社外取締役にディシプリン(規律)を与えることができるのはメディアしかないと思っている。少なくともメディアで批判される体制があれば、独立社外取締役になる人たちの心構え、会社への責任感もおのずと変わってこよう。

不祥事が起きると、メディアは社長の首が飛ぶかどうかに関心が集中し、独立社外取締役の責任に目が向くことはない。私がメディアにお願いしたいのは独立社外取締役がどう行動したのか、反対したのか、独立社外取締役同士で話し合ったのかなど、どんどん質問してもらいたい。そして名前をあげて記事にしてもらいたい。

もう一つ、まったくの思考実験かもしれないが、独立社外取締役を主要株主以外の少数株主から抽選で選ぶという発想を検討してみてはどうか。そうした議論が現実的なものであるかは分からないが、理屈からいえば、まず思考実験してみる価値はあるのではないだろうか。独立社外取締役になにを求めているのかがはっきりしそうな気がする。

アクティビストと機関投資家が接近

ーデサント、ユニゾホールディングス、新生銀行の事例をはじめ、近年は敵対的買収がタブー視されなくなりました。

敵対的買収が行われること自体は健全だ。例えば、昨年の(東京製綱に対する)日本製鉄、2019年の(デサントに対する)伊藤忠商事…。名の知れた大手上場企業が敵対的案件に躊躇しなくなったのは確か。といって、活発に増えている状況というわけではない。

そんな中、注目されるのは近年、アクティビストの動きが認知されてきたこと。短期的な利益ではなく、中長期的観点からガバナンス改善や企業価値向上のため、説得力のある提案をするアクティビストには機関投資家がついていくようになった。アクティビストの提案であっても、自らの利益に合致する場合であれば、機関投資家は賛同する。これを私は、アクティビストと機関投資家の「幸福な同棲」と呼んでいる。

もちろん、買収をちらつかせながら、増配や自社株買いによる株主還元、経営陣刷新などの株主要求で圧力をかける従来型のアクティビストも少なくない。強圧的にやるのだが、最後までいかず、妥協が成立するパターンだ。これは株価が割安に放置されている企業などは狙われやすい。

ー1ドル=140円を超える急激な円安が続いています。日本企業は買い叩かれますか。

円安で日本株は常にディスカウントされており、買い叩かれてもおかしくない状況にある。実際に買われるかどうかはわからないが、その可能性はより高まっている。買収にどう備えるか。ある意味、経営者にとって安楽椅子がないことは良いことではないか。

「日本型」の実を上げることに尽きる

ー最後に、日本企業のコーポレートガバナンスのあり方について、もうひと言お願いします。

米国や欧州諸国がそうであるように、日本型コーポレートガバナンスがあってしかるべきだ。日本の上場企業では内部昇進経営者が圧倒的に多い。社内から登用される割合は米国がおよそ80%に対し、日本は97%で、外部からの招聘はほんの一握り。取締役会も当面、社内昇進の取締役が過半数を占めることが続くだろう。

とすれば、日本型コーポレートガバナンスの実を上げていくことに尽きる。内部昇進による経営体制を前提にしつつ、社長交代時に独立社外取締役が指名委員会を通じて影響力を行使する、日常的に独立社外取締役が会社側とコミュニケーションをとる、経営陣と株主の活発な対話ーといった取り組みだ。人口減少など抱える問題は多いにせよ、これらの積み重ねを通じて、日本企業、ひいては日本経済全体が良い方向に向かうと期待している。

◎牛島 信(うしじま・しん)さん
1975年東大法卒。東京地検検事、広島地検検事を経て、1979年弁護士登録。アンダーソン・毛利・ラビノウィッツ法律事務所に入所。1985年に牛島法律事務所(現牛島総合法律事務所)を開設。NPO法人日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク代表理事・理事長を務める。

著書に「株主代表訴訟」「社外取締役」「利益相反」「少数株主」など。新刊に「日本の生き残る道 企業統治が我が国を救う」(幻冬舎、2022年9月15日発刊)。

聞き手・文:M&A Online編集部 黒岡 博明