今「ジャパニーズ・ディスカウント」を問う

alt
「ジャパニーズ・ディスカウントからの復活」を上梓したデロイト トーマツ コンサルティングの野澤英貴執行役員(Photo By Hidemi Matsumoto)

日本経済の凋落が止まらない。一時1ドル=150円を突破した円安と賃金や物価の下落で、気がつけば「貧乏国」状態に。1980〜90年代にかけて世界市場を席巻した日本企業の面影も、今やない。なぜ、世界で日本企業の存在感が、これほどまでに低下したのか。「ジャパニーズ・ディスカウントからの復活」(東洋経済新報社)を上梓したデロイト トーマツ コンサルティングの野澤英貴執行役員に、日本企業が直面する課題と解決策を聞いた。

企業の「存在意義」を問う重要性

著書のタイトルにもなっている「ジャパニーズ・ディスカウント」とは何ですか

日本の大企業は総合電機、総合重工、総合商社など、多くの事業を世界中の多地域で展開しているが、一部の企業は「コングロマリット・ディスカウント*」状態にある。これは世界中の大企業が直面している問題だが、日本企業の対応は海外のグローバル企業と比べて格段に遅い。そうした日本企業に顕著な課題を一言で表現するために「ジャパニーズ・ディスカウント」の概念を提唱した。

*多くの事業を抱える複合企業(コングロマリット)の企業価値が、各事業ごとの企業価値の合計よりも小さい状態

日本企業も「選択と集中」を進めており、かつての巨大企業グループの解体も進んでいますが

コングロマリット・ディスカウント解消に向けた取り組みを見ると、日本企業と海外のグローバル企業では段違いだ。日本企業は打つ手がないと考えているのではないか。「選択と集中」に熱心と言われる企業でも、やっとここに来て本格的に取り組み始めたという印象だ。

何が問題なのでしょう

企業における事業軸の定義だ。あらゆるビジネスがテクノロジーでつながっている今、業界軸で企業の定義をすることは時代遅れであり、グローバルでは業界横断的な取り組みがあまり重視されていない。事業軸を決める上で重要なのは、企業のパーパス(存在意義)だ。自社が何のために存在するのかを考え、パーパスにそぐわなくなった事業を切り離すと同時に、必要となる企業を買収して事業を入れ替える必要がある。

とりわけ難しいのが、事業を切り離すこと。ブランド力の低下や雇用維持といった観点から、日本企業の経営者には躊躇(ちゅうちょ)があるようだ。一方、他社を買収するのは熱心。インばかりでアウトがない状態になっている日本企業も少なくない。

日本企業が買収されない理由

買収するだけではダメですか

日本企業は先ずスリムになるべきだ。例えば、DX(デジタルトランスフォーメーション)。こうした大改革は企業をスリムにした上で取り組まないと、余計な手間とコストがかかる。海外のグローバル企業に比べて日本の大企業でDXが進んでいないのは、徹底したスリム化が遅れている要因が大きい。

著書で「日本企業は海外から買収されない」と指摘なさっています。なぜ、そうなってしまったのでしょう

要因はいくつもある。日本企業は透明性がなく、中身が見えない。おまけに英語での情報開示も少なく、謎が多い会社だと見られている。だから巨額の買収となると二の足を踏む。もちろん日本企業にも強みはあるが、十分に伝わっておらず、「買い」が入るのは格安のターンアラウンド(事業再生)案件が中心になっている。

日本の大企業にも優良企業は少なくありませんが

海外企業は買収するに当たって、グローバルでのプレゼンス(存在感)を重視している。「日本市場でだけ強い」では、買収する気にならない。一方で電子部品や特殊素材のように、国際競争力がある日本企業は高く評価されている。こうした強い事業を持つことで、海外企業から「日本企業を買収したい」と思われるようになる。

異業種買収が当たり前の時代になっていますが、「事業のポートフォリオを入れ替える」という感覚を日本企業の経営者は持っていると思いますか

日本企業では、まだまだ大胆な事業ポートフォーリオの入れ替えができていない。例えば5つの事業セグメントを事業軸に沿った1セグメント1事業にまで絞り込めるのか。「選択と集中」が進んでいると言われている日本企業でも、自社の事業軸からはみ出ている部門がまだあるのではないか。加えて異業種買収はキャッシュリッチでないと難しく、現状では小口案件が多い。

目先の成長よりも「ディスカウント」の解消を

M&Aを成功させるのには何が大事でしょう

M&Aで成功している企業は、トップが買収後もPMI(M&A後の統合プロセス)に深く関わっている。日本企業はPMIも弱い。買収完了後は現地任せ、部下任せでは、M&Aの「果実」を刈り取るのは難しい。M&Aは「ディール(取引)」と「PMI」の両方の要素が同じぐらい重要だ。ディールにだけ力を入れて、PMIがおざなりだと成果は期待できない。大型買収に失敗した日本企業の多くはPMIが不十分だった。

最後に日本企業の経営者に向けてメッセージをお願いします

株主からは短期的なグロース(成長)を求められる。経営者は株主の意向を受けて直近の成長を重視するのか、それとも2025〜30年をターゲットにコングロマリット・ディスカウント解消に向けた手を打っていくのか、選択を迫られる。

海外のグローバル企業と戦うには、少なくとも「コングロマリット・ニュートラル」を実現しなくてはいけない。そのためには徹底したスリム化と自社の事業軸に沿ったビジネスの整理だ。現状では「局地戦」では勝てても、「総力戦」では勝てない。目先の成長よりも、コングロマリット・ディスカウント対策を最優先すべきだと思う。

聞き手・文:M&A Online編集部 糸永 正行 編集委員

野澤 英貴(のざわ・ひでき) デロイト トーマツ コンサルティング執行役員。大手総合商社などを経てデロイトトーマツコンサルティングに参画。日本を代表する大企業向けサービスの総責任者であるGlobal Lead Client Partnerの役職に加え、デロイトのAsia PacificのIndustrial Products & Construction(重電、重工、産業機器、農機建機、宇宙航空、建設エンジニアリングを統括する業界チーム)セクターのリーダーも兼任。