大澤昇平特任准教授による中国人差別の投稿がネット上の「大炎上」を起こした事件で、東京大学大学院情報学環が公式に謝罪するなど「火消し」に追われている。だが、これは単に一教員のスキャンダルに留まらない。現在、国や全国の大学や大学院が血眼になっている産学連携や大学発スタートアップ支援に潜む「リスク」が浮き彫りになったからだ。
大澤特任准教授は「特定短時間勤務有期雇用教職員」と呼ばれる非常勤教員で、一般には企業が研究費や講座運営費を寄付した際に雇用される。ゆえに寄付をする企業側が人選し、大学側がそれを受け入れるケースがほとんどだ。
今回、問題になった大澤特任准教授は東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻の特任助教を務める傍(かたわ)ら、2018年3月に「大学発スタートアップ」として人工知能(AI)開発プラットフォームを手がける企業を立ち上げ、自ら最高経営責任者(CEO)に就任した。
2019年4月に同大学院情報学環がマネックスグループ<8698>、オークファン<3674>、大広からの寄付を得て「情報経済AIソリューション寄付講座」を開設すると、同講座の特任准教授に就任した。大澤特任准教授の就任経緯は、どこの大学でも見られる一般的なものといえる。
一般向けの公開講座で運営上の問題から開講が遅れるなどのトラブルはあったようだが、決定的な問題になったのは同11月20日に大澤特任准教授がツイッター上で「自社で中国人は採用しない」「中国人のパフォーマンスは低い」などと投稿した「国籍差別」だ。
大澤特任准教授の過去のツイッターには、確認できる限り国籍差別的な投稿はない。今回の国籍差別発言の引き金になったのは、大澤特任准教授が同7日のネットテレビでフィッシング(詐欺)サイト対策として「URLの冒頭がhttpsなら90%安全」と発言したこと。
これがネット上で「間違っている」と批判を受けたが、大澤特任准教授はツイッターで「100%安全とは言ってないから、間違いではない」と反論し、初めて「炎上」する。
ツイッター上の批判の応酬の中で大澤特任准教授が同11日、唐突にファイル交換ソフト開発者(故人)を「犯罪者です」と名指しで批判。すると「最高裁判所で無罪判決を受けた同開発者を犯罪者扱いするのは不適切」とネット上で批判が相次ぐ。
大澤特任准教授は同19日に、同開発者を犯罪者扱いした根拠として「彼が開発したファイル交換ソフトに中国共産党が関与していた」と指摘。翌20日には「私が経営する会社では中国人は採用しないし、面接もしない」と投稿し、「国籍差別だ」とマスメディアまで巻き込む「大炎上」になった。
いわば「売り言葉に買い言葉」による失言か、知名度向上のための「炎上商法」で、ネット上では「よくある話」だ。が、問題は大澤特任准教授がツイッターアカウントで「東大最年少准教授」の肩書を明記し、寄付講座についても投稿していることから大学や寄付企業に抗議が相次ぐ。
同24日に情報学環がウェブサイト上で「学環・学府特任准教授の不適切な書き込みに関する見解」を公開し、「学環・学府構成員から、こうした書き込みがなされたことをたいへん遺憾に思い、またそれにより不快に感じられた皆様に深くお詫び申し上げます」と謝罪。
寄付講座を提供したマネックスグループも同日、「当社としては、本特任准教授の価値観は到底受け入れられるものではなく、書き込みの内容及び現在の状況に関して、極めて遺憾」として、「本講座に対する寄付は速やかに停止する方針」を明らかにした。
残るオークファンと大広も寄付の停止を発表し、同寄付講座の中止と大澤特任准教授の処分は避けられない見通しだ。寄付講座にはかかわっていないが、大澤特任准教授が経営するスタートアップ企業に出資しているリミックスポイント<3825>も、今回の騒動を受けて自社ホームページ上で「投稿の内容は誠に遺憾」と表明。同出資を引き揚げる可能性が高い。
大澤特任准教授は一度はツイッターで謝罪したものの、12月12日にはまたもやツイッター上で「過日、IT各社が特定思想に偏向する団体の圧力を受け、寄付停止を発表した。但し、1億円超の寄付金の8割は東大に取られ、私が受け取っていたのは2割程度。だが損失は損失だ。開発は遅れ、講座の存続も危ぶまれる。当社はAI産業発展に向けた第1回寄付金を公募する。志ある者の行動を求む」と投稿した。
これに対して東大側は「情報学環としては、今回各社からの寄付停止の方針となったのは、当該教員のSNSにおける不適切な書込みが原因であると認識しております」「寄付講座の基金は国立大学法人である東京大学が受け取るものであり、特定個人が受け取るものではありません」と、すぐさま反論。
しかし、大澤特任准教授は「東大は寄付の8割をピンハネしておきながら、寄付停止の責任をすべて私に帰属させようとしているのはあまりに不誠実だ」と激しく批判した。問題投稿を続ける大澤特任准教授に東大情報学環としても打つ手はなく、泥沼状態になっている。
全国の大学や大学院をみても、特任の教員や研究員が研究不正などで処分されたケースはあるが、ツイッターでの不適切投稿による大規模なトラブルは今回が初めてとみられる。それゆえに公開講座を持つ大学・大学院側も今後の対策に苦慮しそうだ。
恒常的に差別投稿をしている人物ならば採用前にチェックできるが、今回のケースのように前歴がなく「炎上」の発端から差別投稿に至る期間がわずか2週間と短い場合には対処のしようがない。
そもそも大学側が不適切な投稿をしないように強く警告したとしても、今回の大澤特任准教授のように本人が聞き入れなければツイッターなどのSNSやネットでの投稿を止める手段はない。
寄付による運営という性格上、企業からの教員推薦を断りにくいという事情もある。文部科学省の大学・大学院に対する助成金の削減は厳しくなる一方で、寄付講座や産学共同研究は貴重な「研究財源」だけに、今後も件数・金額ともに増加するのは間違いない。当然、今回のようなトラブルも起こりうる。
大学・大学院としては、常勤・非常勤を問わず教員の倫理教育を徹底すると同時に、特任教員との契約に「SNSやウェブで、学校側の許可がない限り教員の肩書を明示した投稿はしない」などの規定を設けるぐらいしか「防衛策」はなさそうだ。
一方、寄付講座にかかわった企業も東京大学との「縁」が切れる上に、ネットなどで「国籍差別者に研究資金を出した会社」と批判され大きなイメージダウンを受けた。東京大学が受け入れたとはいえ、「東大発スタートアップ企業」の看板に飛びついて大澤特任准教授を送り込んだ「人選ミス」は否めない。
企業としては寄付講座を特任教員の指名を含む「ひもつき」とせず、信頼できる研究者の人選も含めて講座や研究については大学・大学院に一任するなど、「学の独立」を尊重する姿勢が求められるだろう。
懸念は寄付講座だけではない。東京大学や京都大学をはじめ、全国の有力大学・大学院が大学発スタートアップ企業の数を競っている。大澤特任准教授が設立したスタートアップ企業が寄付講座を引き寄せたように、大手企業から研究費を引っ張って来る有力な手段になるからだ。
さらにはスタートアップ企業のバイアウト(買収)や新規上場で、出資する大学・大学院が大きな利益を得ることも期待できる。こうした大学発スタートアップの関係者が不祥事を起こした場合、大学・大学院が生んだとはいえ全くの別組織なので管理は教員以上に難しい。
もちろん、ほとんどの特任教員や大学発スタートアップは不祥事を起こさず、優れた研究成果を生み出している。ただ、今回のようにたった一つの「エラー」が深刻な打撃になるのも事実だ。東大を舞台にした大澤特任准教授による不祥事は、決して「他人事」ではない。大学・大学院と産学連携企業の双方に重い課題を突きつけている。
文:M&A Online編集部
*2019年12月13日に加筆・改題しました。