新型コロナウイルス感染の世界的流行で2021年7月に延期された東京オリンピック・パラリンピックに「開催中止」の足音が近づいてきた。
国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は「東京五輪の再延期はない。開催できなければ中止」と明言している。2021年3月が中止判断の最終期限とされるが、IOC内部では2020年10月中に決めるべきだとの意見が有力とされる。
背景にあるのは、一向に収まる気配のないコロナ禍だ。開催国の日本では7月29日に全国で1261人の新規感染者が確認され、1日当たりの感染者が初めて1000人を超えた。厳しいロックダウン(都市封鎖)で一時は感染拡大を抑え込めたように見えた欧州でも、再び感染が拡大し始めた。
IOCの主要収入源であるテレビ放映権料収入の約半分を占める米国では、右肩上がりの感染拡大に歯止めがかからない状況だ。抗コロナウイルスワクチンや治療薬が年内に開発されたにしても、半年で世界中に行き渡るのは不可能で、現時点で開催のメドは全く立っていない。
組織委は延期中も開催準備のために3000〜5000人のスタッフを雇用している。中止となった場合は入場料はじめ巨額減収は避けられない。
では、東京五輪が中止された場合、日本経済にどれほどのダメージがあるのか?2020年3月に、関西大学の宮本勝浩名誉教授が2017年4月に発表された東京オリンピック・パラリンピック準備局の「東京2020大会開催に伴う経済波及効果」を元に、経済損失は約4兆5151億円と試算した。
ところが同資料によると、東京五輪の経済効果は全国で32兆3179億円。うちメインスタジアムなど五輪競技施設(3500億円)や都市インフラ整備(2兆2572億円)といった投資済みの案件による経済効果を除くと、単純計算だと経済損失は29兆7107億円となる。
宮本教授の試算と大きな開きがあるのは、オリ・パラ準備局が想定した経済効果のうち「スポーツ、都民参加・ボランティア、文化、教育・多様性など」(約1兆7028億円)の約5割が、「経済の活性化・最先端技術の活用など」(約20兆1257億円)の約1%が、それぞれ失われると仮定するなど損失を少なめに見積もっているからだ。
一方、同資料が発表される2カ月前、2017年2月にみずほフィナンシャルグループ<8411>がまとめた「2020年東京オリンピック・パラリンピックの経済効果」によると、東京五輪の経済効果は全国で約30兆円。オリ・パラ準備局の推定に比べるとほぼ同水準といえる。
このうち投資済みの施設整備費(7000億円)と都市インフラ整備(21兆6987億円)を除く7兆6013億円が経済損失となる。オリ・パラ準備局と大きく異なるのは都市インフラ整備の額。これは、みずほが観光関連施設など民間によるハード面の設備投資を経済効果に加えているからだ。
経済損失の試算比較 | (単位:億円) | |
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東京オリ・パラ準備局 | みずほフィナンシャル | |
経済効果 | 323,179 | 300,000 |
施設整備費 | 3,500 | 7,000 |
都市インフラ整備 | 22,572 | 216,987 |
経済損失 | -297,107 | -76,013 |
(経済損失は経済効果から投資済みの施設整備費、都市インフラ整備を差し引いた数字)
一方、同準備局は「スポーツ、都民参加・ボランティア、文化、教育・多様性」(8159億円)や「経済の活性化・最先端技術の活用」(9兆1666億円)といったソフト面での経済効果を多く見積もっている。
そのため経済損失額が、すでに完成しているハード面を重視するみずほの試算では少なく、五輪開催で実現するソフト面を重視するオリ・パラ準備局では多くなるのだ。
オリ・パラ準備局は「コンパクトな五輪」と招致した手前、施設整備費を3500億円(みずほの試算では7000億円)と試算するなどハード面の経済効果を低く見積もったため、想定される経済損失が膨らんだ格好だ。
いずれも3年前の試算であり、現実的な数字というよりも一つの「目安」と考えておくべきだ。が、オリ・パラ準備局よりも、みずほの試算の方が現実に近いとされ、経済損失額は7兆6013億円程度と見るのが妥当だろう。
だが、日本経済の先行きに新たな懸念が出てきた。いきなり吹きだした「解散風」だ。与党内に「東京五輪の中止が決まる前に解散、総選挙に打って出るほうが得策」との見方が広がっているためという。
コロナ禍で経済混乱が長期化する中、衆院解散・総選挙で国会の機能が停止すれば、経済対策がさらに後手に回る可能性が高い。
文:M&A Online編集部