米ドルは世界経済における支配的地位を維持する見込み

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Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

外貨準備に占める米ドルの割合は一部の国々で低下

ドルの覇権に対して懐疑的な声は数多く存在します。一部の専門家は、ドルが世界経済における重要性を失い、基軸通貨でなくなる可能性があると警鐘を鳴らしています。実際、ここ数年で中央銀行の外貨準備に占めるドル建て資産の割合は継続的な減少を示しています。しかしながら、ニューヨーク連邦準備銀行が実施した調査によると、中央銀行のドル建て資産の割合低下は数カ国の動向によるものであり、ドル通貨の重要性は低下しておらず、依然としてドルには根強い需要があることが示されました。

現状のデータに着目すると、2000年から現在までの過去20年間で、中央銀行の外貨準備のうち米ドル建て資産の割合は約70%から60%へと減少しています。しかし、現時点での外貨準備の総額約12兆ドルのうち、ドル建て資産は約7兆ドルであり、他国通貨建て資産の追随を許していません。ニューヨーク準備銀行の調査によると、ドル建て資産の割合が減少した主な原因はスイスによるものであることがわかります。スイスは、主要な貿易相手がユーロ圏諸国であり、スイスフランとユーロの為替相場の安定化を意図した金融・為替政策を実施した結果、ユーロ建て資産の保有割合が大幅に増加することとなりました。

また、ロシアが新たな制裁を恐れドル建て資産の割合を引き下げたことも、ドルの外貨準備に占める割合の減少に寄与することとなりました。ウクライナ侵攻以前の2015年から2021年の間に、ロシアの外貨準備に占めるドル建て資産の割合は29%ポイント減少しています。

ドル建て資産減少の半分以上はスイスとロシアの政策の影響であり、残りのほぼ全ての減少は中国、インド、トルコに起因するものです。これら3カ国は外貨準備残高におけるドル建て資産の割合を縮小しており、中でも中国は、資産の分散に注力し金保有も増加させることで、米国による制裁を受けた場合の影響を軽減しようとする意図を持っています。上記5カ国を除けば、中央銀行の外貨準備に占めるドル建て資産の割合は過去20年間、大きな変化のない状態が続いています。

ユーロ・人民元もドルの地位を脅かすに至らず

ユーロの状況に目を移すと、欧州中央銀行(ECB)の調査では、外貨準備に占めるユーロ建て資産の割合は昨年だけでも約1,000億ユーロの減少を示しています。スイスと日本の通貨当局が対ユーロでの自国の通貨安を回避するためユーロを売却したことが一因であると考えられています。さらにECBは、EUがウクライナ支援のためにロシアの資産を没収すれば、ロシアによるユーロ資産の売却がさらに進みかねないとの懸念も表明しました。

また、ニューヨーク連邦準備銀行の調査では、世界的に人民元の需要が「減退」していることが明らかとなりました。主要中央銀行の外貨準備担当者を対象に実施した調査では、2年前には3分の1の担当者が人民元建て資産の保有を拡大する意向を示していたのに対し、現在では12%が人民元建て資産の保有を減らす意向を示しています。同調査によると、中国の短期的な経済見通しが慎重に受け止められていることも保有減少の一因ではありますが、多くの回答者が市場の透明性や地政学的要因も原因として挙げていることは注目に値します。

結論として、世界の基軸通貨としての米ドルの地位は揺らいでおらず、変化の兆しも今のところ見えていないといえるでしょう。それゆえ米国は、自国通貨建てでの借り入れが可能であることにより為替の変動の影響を受けることがないという、法外な特権を享受し続けています。さらに、ドル建て資産は依然として最も流動性が高く安全であると認識されており、米国政府は国債の借入コストを抑制することが可能となっています。しかしその反面、これらの特権は、米国政府の財政規律維持のインセンティブを低下させることにつながっていることも課題として挙げられるでしょう。

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