橋本 久見
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
マネージングディレクター
新卒で米国デロイト・トウシュLLP入社。税務および会計監査業務を経て、有限会社監査法人トーマツ コーポレートファイナンス部(現・デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)に移籍。2011年から米国大手アドバイザリーファームにて日本企業による米国企業投資に関わるデューデリジェンス業務などを行う。2014年に復帰、2018年よりアナリティクス業務に従事している。
綱島 暢祐
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ヴァイスプレジデント
IT系コンサルティングファーム、総合コンサルティングファームでビジネス構築、業務・システム構築案件に従事し、2022年7月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社入社。データ分析の知見を用いた事業分析、戦略構想・策定、事業スキーム・プロセス構築、組織構築に関するアドバイザリー業務などに携わっている。
データ活用への注目度は継続的に高まってきており、当たり前のこととしてやるべきだ、という認識が定着しています。その一方で、自社は乗り遅れている、と考えている企業が多いのが実情です。データ活用の結果、データドリブンな意思決定や業務改革によって事業成長を実現することが期待されますが、全社的に成果を得られている状態にあるのは大手企業でもおよそ1割にとどまるというデータもあります。
多くの企業が、データ活用を推進する体制を整備するところから苦心しています。担当組織の主な設置方法には、情報システム部門でやる、現場部門でやる、新たに専門組織を設置するなどのパターンがあります。
専門組織を置いて全社のデータ活用を統括するパターンは、部分最適化や二重投資を防ぐためにも有効で、先述のパターンの中では進んだ事例といえます。それでも専任組織はバックエンド側の立場になることが多く、現場のニーズを理解しづらい事情もあります。データ分析のケーパビリティを持っているエンジニアと、データ分析によって解決したい課題を持っている現場との意思疎通が円滑に行われる必要があります。
データの活用の目的が欠けているケースは案外、少なくありません。例えば在庫を最適化したいというニーズはよく聞きます。ところが、「最適化」という言葉にとらわれて、最適化した先に何を見据えるのか、機会損失の削減による売上貢献か、在庫管理業務の削減かなど、どの経営指標にどういうインパクトを与えたいのかが不明瞭なままにプロジェクトを進行したことにより、思うように成果をあげられていないケースも散見します。それではデータを分析した結果を見ても、意思決定ができません。
得たい成果を明確に定め、ステークホルダーの間で共有することが肝要です。ビジネスの成長という全員が納得し共感できる成果がなければ、経営は投資をする判断ができませんし、関係部門からの協力も得られません。さらにいえば、データ活用プロセスを維持・向上させる取り組みであるデータマネジメントを行うことが重要なのです。
データマネジメントには、事業戦略と対応した方針などを決定する「戦略」、実行する機能である「オペレーション」、各機能の実行責任を定義する「組織」の3つの要素が含まれます。この全体像がないまま個別の課題にとらわれてしまうと、先述の事例のような出口のないデータ分析になったり、経営と現場や部門間の意思疎通が滞ったりします。
最近、大手メーカーから「データガバナンスの構築を支援してほしい」というご相談をいただきました。担当部門は全社のデータ統括部門だったので、専門組織を置くほどデータ活用に積極的に取り組まれている企業です。
データガバナンスは、データマネジメントの中の1要素に位置付けられるテーマであり、データ活用を効率的かつ安全に運用するために欠かせない仕組みです。私たちはデータ品質基準の設定、法令順守に向けた取り扱いポリシー策定、データ取り扱い規定の整備などの要素を洗い出し、アクションプランを策定しました。
ところが、実行に移そうとすると、現場の同意を得られない、そもそもデータ活用で得たい効果や事業への貢献度から定義が必要である、といった課題に直面しました。たとえデータガバナンスという一部の領域がプロジェクトの対象テーマになっていたとしても、土台となるデータ戦略や事業方針への貢献内容が整理されていないといけないと改めて実感しました。
車のブレーキとアクセルにたとえると、データガバナンスはブレーキで、情報漏洩などのトラブルやデータ分析の効率低下を防ぐことが目的です。一方で、アクセルに該当する「データ分析による成果」を提示しないことには、当たり前ですが車は前に進みません。ブレーキを踏んでばかりでは、現場は制約が増えるとネガティブに受け止めるでしょう。クライアントとの会話で、まずはアクセルを踏んで走り出し、データ活用のメリットを実感してもらおうということになりました。
データマネジメントの企画・構築に加えて、①モデルケースの構築・展開、②データに基づく仮説検証といったデータ分析スキルの向上という2つを主に提案しました。
①モデルケースの構築・展開は、まずはデータ活用の成功事例を作ることです。②スキル向上では、モデルケースを軸として人材育成やデータ活用の風土醸成を進めます。また、経営層からのメッセージ発信も1つのテーマとして含めていました。データ活用には、セキュリティ担保やメンテナンス業務などの現場から見たときには業務負荷の増大と捉えられる要素も含まれます。それらの役割分担も含めてデータ活用を企業に根付かせるためには、トップダウンでの戦略や方針の浸透も重要な論点になります。
モデルケースには、分析テーマという観点と、データマネジメントという観点の2つが含まれています。例えば、事業課題を踏まえて優先度が高いテーマが「顧客離脱率(チャーンレート)の低下」であれば、それに取り組む際に、データマネジメントの要素である戦略、オペレーション、組織を整えます。テーマとデータマネジメントが揃うことで、成功率も高まると考えます。まずは良い成功体験をしていただきたいですし、それこそが私たちのようなアドバイザーが知見を提供できる部分だと思います。1つ事例が確立すれば、その先は外部の手を借りなくても自社内で横展開していただくこともできるでしょう。
難しいのはデータ分析そのものというよりは、業務とのひもづけの部分です。私たちのアドバイザリーサービスでは業務プロセス変革まで見据えて提案、支援しています。
在庫最適化の事例に立ち戻りますが、生産計画を策定する頻度が月次なのか週次なのか、月に1,000個の在庫を持つのか、週に250個の在庫を持つのかでは実際の業務内容は大きく異なります。月1回の生産計画であれば、需要増に対応するため十分な安全在庫を持つことになるかもしれません。週1回にすることで、販売動向を高い精度で把握でき、コストダウンが図れるかもしれません。
データ分析の立場からは、月次から週次に変えれば、在庫を2割削減できます、という試算を行うことは可能でしょう。しかし、机上の計算とは別に、週次に変えることで業務が全く変わってきます。生産計画に必要な情報収集やシミュレーションおよび意思決定プロセスも週次に変更するなど、他の関係部署まで影響が及ぶこともあるでしょう。課題に対する有効な示唆(分析結果)を提示するとともに、いかに実際の事業活動で効果を得られる仕組みを整えるかが肝要と考えています。
データ分析の基礎かもしれませんが、“ビジネス課題に対して”仮説を検証し、エビデンスに基づく施策を打つ手段としてデータ分析があります。データ分析の専門家、ビジネスの専門家が緊密に連携し、知見を掛け合わせることが欠かせません。最初にお話ししたように、データ分析担当と現場のコミュニケーションはとても重要です。