「語学で身を立てる」の著者で10か国語翻訳家の猪浦道夫先生の連載コラムが始まります。経済・金融関係の単語の素性を知るとともに、言葉の派生の妙味を味わってみましょう。連載第1回は「Account(アカウント)」です。
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最近流行りの言葉に「accountability(アカウンタビリティー)」があります。辞書をみると一般に「責任、義務会計責任」と出ていますが、最近使われているのは「企業を経営する人々などのある行為に対する説明責任」のような意味で使われています。この単語、昨今は情報公開法の関連でもよく耳にしますし、日本の政治家達はやたら「説明責任」という言葉を使いますね。
さて、この単語の元になっている account は、もともと count という言葉にさかのぼります。ボクシングの「カウントダウン」、「テンカウント」などをはじめ、今や「カウントする」というのはもう日本語と言えるかもしれません。つまり「数える」という意味なのですが、この元になっているのはやはりラテン語で、 computare という形でした。
何やら computer(コンピューター)に形が似ていますが、それもそのはずで computer という言葉は、それが発明されたときラテン語から作られた言葉なのです。com- は「共に」、putare は「考える」の意味で「共に考える」が原義です。
putare からは putative(推定の) という語が派生しています。この単語はフランス語で compter(数える)となって、”p”の音が残っていますが、英語では読まれなくなった”p”の文字も書かなくなって count となったわけです。
この count に接頭辞 ad- がついた account という語に「~できる」を意味する接尾辞 -able がついて accountable(責任のある、釈明の義務がある、説明のできる)という形容詞が派生し、さらに accountability という名詞もできます。accountant(会計士)はフランス語の現在分詞語尾 -ant がついたものです。
accounting(会計学)、account current(当座勘定、当座預金)はいずれもよく使う会計用語ですが、フランス語語法で形容詞が後置されています。会計学はイタリアが発祥の地ですから、英語の会計用語はフランス語を経由してきた用語が多いのです。
さて、count に戻って、「行為者、器具」などを表す語尾 -er がついたのが counter なのですが、「カウンター」というとメーターのような計算機と、バーなどのカウンターを思い出します。後者は「お金を勘定する台」というところからそういう意味をもつようになったのです。ロケット発射時やイベントなどの「カウントダウン」countdown も日本語化しています。
ただし、ボクシングなどでいう「カウンターパンチ」などの「カウンター」は against(対して、逆らって)の意味のラテン語 contra- からきたものですから、混同してはいけません。また、count に反対語の接頭辞 dis- がつくと discount(ディスカウント)という語ができます。この単語もすっかり日本語化していますね。
ところで、「数える」という語はドイツ語では zahlen(読み:ツァーレン)というのですが、昔のドイツ語(つまりオランダ語や古い英語では)は tellen といい、それが英語でおなじみの tell という語になりました。現代英語でも「数える」という意味が残っており、銀行で見かけるATMは「Automated Teller Machine」の略なのです。
さて、先ほどのラテン語 computare から近代になって直接採り入れた語は、英語の語彙の中に compute (計算する) 、computation(計算)、computer(コンピューター), computerize(コンピューター処理する)などの語彙を残しました。putare が「考える」という意味でしたから、count にも、「勘定に入れる、考慮に入れる」、「考える、推測する」さらには「重要である」という意味もあります。
文:猪浦道夫・天宮徹也(共同執筆)/編集:M&A Online編集部