横浜中華街の名店「聘珍楼」はなぜ倒産へと追い込まれたのか

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横浜中華街の老舗「聘珍楼」を運営する聘珍楼(横浜市中区)が、2022年6月2日に横浜地方裁判所から破産手続きの開始決定を受けました。負債総額は3億500万円。1884年創業の聘珍楼は日本最古の中華料理店として知られ、人気テレビ番組「料理の鉄人」に出演し、お茶の間の人気者だった周富徳氏が総料理長を務めていたことでも知られていました。

新型コロナウイルス感染拡大による客数の急減と、時短協力金が得られなくなったことが破産の直接的な原因となりましたが、聘珍楼はコロナ前から収益性が悪化していました。

この記事では以下の情報が得られます。

・聘珍楼の変遷
・横浜中華街の家賃相場と集客力

家賃が高額な横浜中華街

聘珍楼は2024年をめどに移転することを計画していたものの、新型コロナウイルス感染拡大による宴会利用が減少したため、2022年5月15日に閉店を決定。賃料の支払いが滞り、土地所有者と協議したうえで破産手続きを申請しました。

聘珍楼は2007年3月期は売上高が約107億9,900万円ありましたが、2016年3月期はおよそ4割減となる65億2,000万円まで縮小。2016年4月に香港系ファンドが出資して設立した別法人に全事業を譲渡。旧聘珍楼は平川物産に商号を変更し、2017年3月に特別清算手続きを開始しています。

なお、「日比谷聘珍楼」「大阪聘珍楼」「吉祥寺聘珍楼」「小倉聘珍楼ANNEX」を運営する同名の別会社・聘珍楼(横浜市港北区)が、「横浜中華街の聘珍楼は店舗を閉店するにあたって清算することになったもので、横浜本店以外の事業には影響を与えない」と発表しています。百貨店などで総菜を販売する香港聘珍楼ジャパン(横浜市港北区)の運営も継続される見込みです。

聘珍楼の本店はコロナ前から移転先を探していたとされており、賃料の負担が長く聘珍楼の経営を圧迫していたものと考えられます。横浜中華街の賃料は近隣に比べて高いのが特徴です。

■飲食店のエリア別賃料相場

平均坪単価 最高坪単価
元町・中華街 ¥22,414 ¥85,271
横浜(駅) ¥28,252 ¥80,299
馬車道 ¥17,936 ¥47,441
みなとみらい ¥17,329 ¥19,494
関内 ¥17,382 ¥46,180

※飲食店.COM「店舗物件探し」より筆者作成

平均坪単価は横浜駅周辺の方がやや高めですが、最高坪単価では中華街の方が上回っています。中華街に近い馬車道やみなとみらい、関内と比較するとその高さが際立ちます。

横浜中華街は飲食店泣かせなエリアでもあります。

横浜市は「集客実人員調査及び観光動態消費動向調査報告書」で定期的に中華街の歩行者流動量を調査しています。新型コロナウイルス感染拡大前の2019年10月の人の流れを見てみましょう。

■2019年10月横浜中華街歩行者流動量

※横浜市「集客実人員調査及び観光動態消費動向調査報告書」より

中華街に入る人が最も多いのは休日の11時台。13時には流出量がピークを迎えます。16時を過ぎると流入量は5,000人で横ばいとなり、19時を過ぎると急速に減少して3,000人を下回ります。中華街は客単価が低いランチ需要が多いエリアなのです。飲食店は利益率の高いアルコール消費が活発なディナー需要を獲得したいと考えるもの。しかし、平日17時以降の中華街への流入がやや増加する傾向はありますが、盛り上がりに欠けています。

聘珍楼のような高級料理店は企業の大型宴会や接待需要を獲得していましたが、2008年の世界金融危機以降、大手・中堅企業を中心に経費を削減する傾向が顕著になりました。聘珍楼は客単価の高い宴会や会食需要から、一般客や観光客の需要獲得へとシフト。それも利益の薄い低単価のランチがメインになっていたものと考えられます。

そこに新型コロナウイルスという脅威がやってきます。

Go To Eat期間中でも歩行者の数は4割減少

横浜市がコロナ後に中華街の歩行者流動量を調査したのは、2020年10月。ちょうど政府主導の飲食店の需要喚起策「Go To Eat」が実施されていた時期です。

中華街への流入量はコロナ前にピークを迎えていた11時台でおよそ5,000人。8,000人から37%も減少しています。

■2020年10月横浜中華街歩行者流動量

※横浜市「集客実人員調査及び観光動態消費動向調査報告書」より

コロナ後はアルコールの提供が制限され、企業宴会が蒸発しました。それに加えて中華街そのものに人が集まらなければ、聘珍楼のように高い家賃を支払っていた店舗は、健全な経営状態を維持することができません。

聘珍楼はもっと早い段階で家賃の安い場所に移転をしていれば、破産に追い込まれることはなかったかもしれません。破産後に店舗を移転して再スタートをするという話も聞こえてきますが、宴会需要がなくなった飲食業界で大型の店舗を維持するのはこれまで以上に難しくなりました。

聘珍楼と同じく高単価の中華料理店を展開する東天紅<8181>は、2021年2月期の売上高が前期比76.2%減の16億1,100億円となり、19億3,800万円の純損失(前年同期は2億3,800万円の純損失)を計上しました。東天紅はこの期に「神戸三宮・センタープラザ店」、「T's garden(ティーズガーデン)」、「海燕亭上野店」を閉店。「CHIBA SKY WINDOWS 東天紅」の借地面積を縮小し、子会社LCL Partners(東京都台東区)を清算するなど、大幅な事業の見直しを迫られました。

「日比谷聘珍楼」や「聘珍楼大阪」はビジネス街にあるために客単価の高い固定客が多く、中華街の本店はランチメインの新規客(観光客)だったことが明暗を分けたものと考えられます。しかし、宴会の縮小は今後も続くと見られており、本店以外の店舗も中長期的な集客に苦戦する可能性があります。

聘珍楼の行方に注目が集まります。

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