2018年も武田薬品工業によるシャイヤーの買収を筆頭に、M&A市場では大規模な買収劇が繰り広げられている。では、上場企業が絡む大規模なM&Aが行われたとき、その会社の株を持つ投資家、特に個人投資家はどのような反応を示しているのだろうか。個人投資家を中心とした会員を組織化し、投資助言を行っている林投資研究所社長の林知之氏に大型M&Aが起きたときの個人投資家の反応を聞いた。
――個人投資家にとって、自分が株式を保有している会社、また狙っている会社がM&Aを行うということは、どのような意味があるのでしょう? 特に大型のM&Aともなると、ニュースでも騒がれますが……。
そもそも個人投資家は、大規模なM&Aといった特殊な要因を分析して、的確に行動することはむずかしいものです。林投資研究所では、ファンダメンタル分析(財務状況や業績をもとにして、企業本来の価値を分析する方法。対して、これまでの株価変動パターンなどと比べ、現在の株価が割安か割高か、その株を買うべきかどうか判断する方法をテクニカル分析という)を否定するわけではありませんが、「あらゆる材料が株価に即、反映される」というマーケットの原則をベースにして、「株価だけを観察するべき」「自分の見通しを軸にしてポジションの操作を考えるべき」という考え方を提唱しています。
――その視点から捉えるとM&Aにともなう株価の変動は、どう受け止めることができるのでしょう?
株価には、特別な材料がなくても上げ下げをみせる特性があります。外国為替の動向や要人の発言、主要国の経済政策といった外部要因もあります。それらの要因すべてを踏まえて“株式市場全体の変動”といった理解で説明することも可能ですが、「株価だけ」を観察したときには、それが「自律的な変動である」と解釈することができるのです。その自律的に変動する株式市場や銘柄を相手に、みずからのポジションを動かして対応することこそが、トレード、株式投資の要なのです。
そう捉えたとき、M&Aをどう受け止めたらよいか。結論としては、大規模なM&Aのような材料が出現した場合でも、自律的な変動の観察、あるいはポジション操作の戦略にとっては、予期せぬ「雑音」が発生した状況と捉えるべきですね。
ですから、よくマスコミやネットで見かけますが、突発的な出来事で未来がどうなるかを推理するようなことなどは避け、「雑音が生じたなら、少なくともいったんは手を引く」のがトレードの基本ということになります。「どうなるのか? こうなるのでは?」などと、単に情報を追いかけて判断するのは愚の骨頂です。
――それは小規模なM&Aに関しても言えることでしょうか。
小規模な子会社の売却や、相対的に規模の小さい会社の買収などは、「即座に株価に反映される」と考えられます。だから、推理するも何もなく、無視しても、斟酌しなくてもかまわない。つまり、確立した自分のポジションを踏まえて株価だけを見ていく姿勢を維持するのです。
――先ほど、「ファンダメンタル分析を否定はしない」ということですが、そもそもファンダメンタル分析は最も基本となる株価の判断手法なのでは?
ファンダメンタル分析は、最も素直なアプローチと認識されがちですが、企業戦略の意図と効果を判断し、素早く反応する株価変動に対して、不特定多数のマーケット参加者に先んじるのはカンタンなことではありません。それが、「否定はしないけど、投資家としては、そればかりに頼っていてはいけないよ」という意味です。
――一般の個人投資家としては、本来、競争すべきではない“プロの土俵”に上がってしまうことになりかねない、ということでしょうか。
そうともいえますね。例えば、拙著『凄腕ディーラーの戦い方』(マイルストーンズ刊)に登場する本間忠司氏はM&Aに関して、豊富な知識と経験をもとに「ゼロ番手で動きに乗ることができる」と自信をもって語っています。
『凄腕ディーラーの戦い方』(227〜228ページ)
例えば、ある会社について、「M&Aに関して3時から記者会見」というニュースが流れたとします。ふつうは「何だろう?」と思うだけですが、知識が豊富ならば、「子会社の製薬会社が対象で、それを買うのが〇〇社かもしれない」といった推理を働かせることが可能です。
個別銘柄に動きがあって「なぜ?」と考え、情報を聞いて「なるほど」というのが一般的な反応ですが、私の場合は大元のニュースから瞬時に動きを考えることができるのです。
それがすべて当たるということではありませんが、多くの人が、ストップ高した状況を見て説明を聞き、「へぇ〜」と言っているとき、すでに乗っかっている確率が高い、少なくとも、その選択肢に手が届いているということです。
投資家にとって、新聞でM&Aのニュースを見て判断してから行動するというのは、こういった凄腕のプロと真っ向から勝負すること。また、一般的な機関投資家でも、個人では太刀打ちできない大量の情報と判断の事例をもち、スピーディに処理しています。そのような「勝てないケンカ」に挑むのは得策ではない、ということです。
個人投資家には制約がない。何を対象に、どんな売買をしてもいい。また、「休むことができる」という最大の武器をもっています。むしろ逆転の発想で、そんな強みを生かそうとするべきですね。
――株価は専門家の判断の結果。一般の個人投資家がそれに踊らされてはいけないということですね。
そうですね。株価というものは、その専門家たちの判断によって値段がついているのですから、株価そのものが最高のファンダメンタル分析ということもできます。しかし、上にも下にも“行きすぎ”というケースがないわけではありません。また、そこに“儲けのチャンス”があるというのも事実です。
2000年代の前半に敵対的なM&Aが横行して、マスコミのニュースとしては「大変だ! 会社と株価はどうなる?」といった情報が頻繁に流れ、それを見た会社や関連する会社の経営者なども慌てふためいていました。さすがに、そうした時期は過ぎましたが、個人投資家はそんな“経済にうとい”社会の、さらに“情報弱者”的な位置にいます。
しかし、個人投資家がそうした情報のあとを追うように一喜一憂する必要はありません。自分のわかることだけ、理解できることだけで冷静に判断して株式投資に取り組むことが何より大切なのです。
聞き手・文:M&A Online編集部