『事業承継のカギを握る「サーチファンド」④中小企業経営者になるうえで重要な資質』では、中小企業の社長に求められる素質の話として、①ディテールを把握することができ、自分で手を動かせること、また②諦めない強いメンタルをもつことの重要性について書かせて頂きました。
こうした中小企業の経営者になるには、具体的にどのような準備ができるでしょうか。私が過去に関わらせて頂いたサーチャー(後継者候補=ネクストプレナー)の皆様を見て考えたことを四点お話します。
まず最も重要なことは自身に対する理解を深めることです。
今までの人生で経験したことを踏まえて自身の持つスキルや知見を可能な限り洗い出してみましょう。この時非常に重要なのは、スキルや知見等をただリストアップするだけでなく、そのスキルや知見をどのように活用したのか、実体験を思い出しながら整理し、最終的には自身の強みと弱みまで導き出すことです。
例えば、電子部品メーカーの製造部門長を務めたサーチャー Aさんの場合、製造会社の経営に携わるオペレーションの知見があります。この知見は実際に品質問題が起き、顧客からクレームを受けた際に重要な役割を果たしました。
品質問題発生でチームが混乱する中、Aさんは冷静に納品を担当した営業部門からヒアリングを行い、輸送中の問題ではなく、出荷前に起きた可能性が高いことを理解しました。その上で品質部門も交えオペレーションを見直したところ、特定のパーツについては品質管理部での確認作業が抜けていたことを突き止めます。Aさんは早急に品質管理プロセスの見直しを行い、品質問題の原因及び今後の対策を明確にまとめた説明書を作成し、営業担当と共に、顧客へ説明にいきました。
もちろん現状のオペレーションが確立するまでに事前にリスクを予測する(リスクを摘み取る)ことが理想ではあります。しかしながらこの例からわかるAさんの強みは、ストレスのかかる場面でも冷静に状況整理を行い、問題の根本原因を導きだすことができ、オペレーションの「あるべき姿」と現状との差分から改良点を導きだすことができることだと言えます。
上記はあくまで例ではありますが、こうした知見と冷静に対処できる強みを持った方がサーチャーとして社長になることにより、経営している会社で品質問題が起こった際に ①早急に根本原因を見つけ出し、 ②社長自らプロセスマップを書き直し、 ③新しく品質管理部を立ち上げるなど、必要な組織の見直しを行い、 ④迷惑のかかった顧客に対しても誠意を持って説明に行くと共に今後の対処策について説明ができるようになるのです。
こうした強みと同様に自分の弱み(改善すべき点)も理解する必要ももちろんあります。例えば、上記のAさんの場合はストレスのかかる場面でも冷静に問題に対する原因究明を行うことができましたが、人によってはストレスのかかった場面で冷静にいられない人もいるでしょう。また、会計士の資格を持っている等ハードスキルはあるものの、チームを持った際に社員に寄り添ったコミュニケーションができない方もいるかもしれません。中小企業の経営者は限られたリソースを最大限に活用し、いくつもの役割を担う必要があるため、あらゆる分野の知識と意思決定能力が求められます。
このように具体的な自分の強みと弱みを事前に理解することで、承継する会社に経営者として入る前にその会社で自身がどのように強みを活かすことができるのか、また自身の弱みがどうリスクになりうるのかを具体的に想像することができます。
現在の自分を知るためにも定期的に強みと弱みを確認することが理想です。
一度理解をした自身の強みに満足せず、その強みをより伸ばしていくことも非常に重要です。また弱みは克服するための継続的な努力が必要です。
特に弱みは目を背けたい部分も多分にあると思いますが、他者評価を含め、継続的に幅広く意見を聞くことが重要になります。
私は前職で初めてチームを任せてもらった時に「リーダーアシミレーション」と呼ばれる試みを始めました。リーダーアシミレーションとはチーム内の相互理解を深めると共に結束力を高めるために使用される組織開発手法の一つで、中立的な第3者を間に挟み匿名でフィードバックを受けるため、直接は言いづらい事も含め率直な意見を聞ける特徴があります。
Growthix Investmentの代表取締役になった今でも続けており、1年に2回人事を介し匿名で社員からのフィードバックを受けています。この試みを通じて自身では意識しているつもりでも周りに伝わっていないこと、また自身は無意識でも社内では評価をして下さっていることなどが明確になります。このように実際に経営者になった後も常に感度を高め自身の強みや課題感の情報は集めるように心がけています。こうした努力がサーチャーになるためにも重要であると考えます。
そして<1>にて述べたように「定期的に」自身の現在地を把握することで、この努力の結果が明確に見えてきます。
次に重要なことはサーチャーとなる個人が自身の目標意識を明確に持つことです。今まで多くの中小企業、大企業の社長からお話を伺いましたが、共通して有していると感じる重要な要素は自身のミッションを明確に設定しており、ミッション達成に対する執着心を持っていることです。
一般的に社員と社長を比較した際、社員は会社の意義について社長から教わるのに対し、社長は常に会社の存在意義を考え、社員一人一人の業務が社会的にどのような意味合いを持つのかを社員に伝達する存在であることが挙げられます。一見単純作業であるような業務も会社が回り社会意義を生み出すために必要な業務であれば、社長はその価値を理解し、社員に誇りとやりがいを感じてもらえるように取り計らうことが重要な役割の一つだと言えます。
M&Aが行われた企業に初めて社長としてあなたが就任したと想像してください。1日目に社員を前にして、「なぜ今回社長になられたのですか?どうしてここ(この会社に)来られたのですか?」と聞かれたらどのように答え、社員に何を伝えますか?
「会社は人」であるという事が良く言われますが、最も理想的な組織は社員一人一人が自身の業務のやりがいを持ち、職場に誇りを持っている状態であると考えます。こうした組織ができた時、組織はその人数以上のパフォーマンスを発揮します。
こうした組織を作るためにもサーチャーになることを志した時から何故自分は社長になるのか、その企業において社長として何を達成したいのか、社内外に共有する確固たる目標を創ることが重要です。
最後の重要な点は幅広い経営者コミュニティーを構築しておくことです。
以前弊社が投資をした保育園案件でサーチャーの心が折れてしまった例がありました。その方はMBA取得者で優秀でしたが、承継が行われた直後に新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが起こり、保育園が休園になるなど、予期せぬ困難に見舞われました。そして、経営難について共有できる仲間がいなかったことから、一人で抱え込んでしまい最終的には経営ができなくなるほど追い込まれてしまいました。
会社経営をするうえでは予想外の問題は必ず発生します。そして経営者は孤独になりがちです。こうした時に近くに同じ苦労を共有し、時には助言しあえる仲間がいることはとても重要です。
私自身、前職は外資系の大手企業にいたため中小企業の経営者の知り合いはほとんどいませんでした。そこで大学のOB会コミュニティーに参加するなど積極的に様々な経営者のとの接点を設けました。こうした経営者コミュニティーでは互いの会社で抱える課題を共有し、プロジェクトについて意見をもらったり、協力し合える知り合いを紹介しあったりする機会も多くあります。
実例を挙げますと、過去にご一緒したサーチャーは、投資実行をした際に従業員の就業規則等について知識が欲しいと感じたり、他業界での営業方法等を参考にしたいと考えた際に、このような個人のネットワークを活用されていました。
前述のように、特に中小企業を経営する中では幅広い知見が求められることが多くあります。幅広く全ての知識を有することは難しいですが、社外のコミュニティーに所属することで、様々なノウハウや知見を得ることができたり、サポートしていただける状況を作ることができ、結果として自身の経営がより良いものになります。
実際に、Growthixグループにおいても、サーチャーが集まるコミュニティー「ネクストプレナー大学」を運営しておりますが、これに限らず、世の中にある様々なコミュニティーに足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
サーチャーとして自身が承継する企業を探す際には、もちろん自身がモチベーションを感じる業界や「好き」が原動力になる業界を見ることも必要ですが、自分の強みを理解し、これが活きる場所に身を置くことを忘れてはいけません。
経営者になることは目的ではなく、経営者の役割として社員に寄り添い会社を伸ばすことが本質です。
だからこそ、サーチャーになることを考え始めた方がすぐにできることは、企業を探す上でも自身の特性としっかりと向き合い、社長になった上で何を達成するのかという大義を自身で考え、自分の言葉で社員に説明できるように準備し、その道中を支えあえる仲間を増やす努力を怠らないことではないでしょうか。
文:竹内智洋Growthix Investment代表取締役