社長とは会社のトップでありリーダーとして、企業の戦略はもちろんのこと、会社の存続や成長、そして組織を構成する社員一人ひとりにまで責任を持っています。弊社では今まで経営経験を持つ方はもちろんのこと、ネクストプレナー大学という後継者育成機関の運営を通じて多くの経営者候補の方々と交流をしてきました。
今回は、今まで経営経験者・未経験者含め様々なバックグラウンドの社長候補を見てきた中で、中小企業の経営者になる上で重要だと思う点を二つご紹介します。
中小企業を大企業と比較した時に真っ先に思い浮かぶ違いはリソースの差です。また中小企業を経営する上で社長に求められるスキルは、会社全体を把握し伸びしろやリスクを理解するだけでなく、それらに対して自らがチームの一員として入りこみリードすることだと感じています。
以前私達が投資した40人規模のA社の話を例に考えます。A社は事業の強みが明確で、無駄の少ない組織であることはデューデリジェンスの中でも見えていましたが、実際に投資実行後に面談を実施すると、予想以上に人材が枯渇していることがわかり、外部からの人材確保が大きな課題であることが明確になりました。大企業で言えば、これは人事の担当業務として割り振られ、社長や担当部長の指示のもと外部の人材紹介エージェントと連絡を取り面接・採用と進めます。しかし中小企業の場合はそもそも人事部がないケースもありますし、エージェントに紹介フィーを支払う余裕がない企業も多くあります。A社においても人事部は存在せず、事業承継を行ったネクストプレナー(社長)は自身でハローワークに行くなど早急に動いてくださり、会社やご自身のビジョンを示しつつ人の採用を社長自らが行いました。A社は新卒採用も始めていますが、新人研修まで社長自らが実施しています。
この他にも、企業のコアコンピタンスを一人ひとりの社員に教育したり、品質担保のためのオペレーションを管理する品質管理部を創った際には品質管理部の責任者に自ら着任するなど、企業全体の安定成長にも自身の責任として取り組んでいます。
私が古巣のGE(米国の総合電機メーカー)にいた際、ボスとリーダーの違いについて説明を受けることがありました。下記はイギリスの百貨店チェーンの創業者、ハリー・ゴードン・セルフリッジの言葉であり、世の中で一般的に上司という意味でつかわれる「ボス」と「リーダー」の違いについて説明した名言です。中小企業こそ社長に求められる素質はボスではなく、リーダーなのだと考えます。自身が先陣に立ち、各部門を引き連れることで組織に勢いが生まれ、組織としてのパフォーマンスも最大化されるのだと思います。
【ハリー・ゴードン・セルフリッジの名言】
ボスは私と言う。リーダーは我々と言う。
ボスは失敗の責任をおわせる。リーダーは黙って失敗を処理する。
ボスはやり方を胸に秘める。リーダーはやり方を教える。
ボスは仕事を苦役に変える。リーダーは仕事のやる気を生ませる。(一般的には仕事をゲームに変えると訳される)
ボスはやれと言う。リーダーはやろうと言う。
もう一つ重要なのは諦めないメンタルです。
もちろん大企業でも多くの苦労と困難がありますが、中小企業の社長の心が折れてしまった時の影響は企業の存続問題にすら発展します。例えば10人の企業において社長がプレッシャーに折れてしまった場合、10分の1の人材が抜けてしまうことももちろんですが、前述の通り社長として管轄する業務が多岐にわたるため通常業務にも多くの支障が生じます。中小企業においては日頃からの後継者プランニングがなされていないことも多く、社長が抜けた際のバックアッププランが準備されていないことも一つの理由になっています。
中小企業の後継者育成のために弊社が運営しているネクストプレナー大学を創るきっかけとなったのも以前投資したサーチファンド案件において、重圧に耐えられなかった社長を見たからです。新社長として保育園の経営を引き継いだ後継者がコロナの影響を受けて思ったような経営ができず、また既存の社員の方々との関係性も構築できない中、3カ月後に心が折れて経営が続けられなくなってしまいました。この経験からネクストプレナー大学では折れない強いメンタル作りといざという時に相談できる仲間作りを重視しております。
経営者は意思決定の連続だとよく言われますが、刻一刻と変わる状況の中で会社の大黒柱としての役割を自覚し、覚悟をもって日々の業務にあたることが重要なのだと思います。弊社がネクストプレナーと面談をさせて頂く際にはキャリアの中でどのような修羅場を経験されているのかを伺うように心がけています。キャリアの中で大きな試練を経験し、それを強い覚悟をもって打破してきた経験など、幅広くご経験を伺う中で、客観的に精神的な強さについても勘案しています。
「社長のあるべき像」には複雑性があり、対象企業の業種・業態・成熟度などによって異なります。
しかし、中小企業の経営者となる場合には、きちんと社員の先導ができるリーダーであるかどうかを見ています。よって、今まで有名な大手企業の社長を務められた素晴らしいご経歴の方であったとしても自身の思い描く社長像がアドバイザー(顧問)のような形であれば、中小企業の社長には適していない可能性が高いと考えます。また社長になるということの意味合いを通常の転職と同等に考え、何とかなる、難しければ転職すればいいなど、社長の役割の重さを理解していない方はリスクがあると判断します。
『事業承継のカギを握る「サーチファンド」②サーチファンドの発祥』でご説明したように、アメリカで始まったサーチファンドのモデルは経営経験のないMBA卒業生のキャリアパスの一つでした。また弊社が運営するネクストプレナー大学でも幅広い後継者候補を集めており、中小企業の経営者となる上で過去の経営経験が必須とは考えておりません。しかし、中小企業の社長として担う役割と責任についてしっかりと認識し、全うできる心構えがあることは必要不可欠だと考えます。
文:竹内智洋Growthix Investment代表取締役