必要とされる会社であり続ける——五健堂ホールディングス代表・蓮尾拓也氏

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五健堂ホールディングス蓮尾拓也代表

創業から37年、京都エリアを中心に食品物流をはじめ、飲食・施設運営など幅広い事業を展開してきた五健堂グループ。時代のニーズをとらえ、グループ年商約120億円規模へと大きく成長した。だが、順風満帆ではなかった。創業後すぐに訪れた倒産の危機、軌道に乗りかけた矢先に取引先の巨額の不渡り、社内を揺るがした労働組合との対立…。幾多の危機を乗り越えてきた。試練を経て磨き上げた経営哲学。それが「必要とされる会社であり続ける」だ。トラック1台の軽貨物運送から事業を始め、いかにしてこの経営哲学に至ったのか。蓮尾拓也社長に聞いた。

「自分でやるしかない」――創業の原点

―なぜご自身で事業を始めようと思われたのでしょうか。

家が貧しかったことと、勉強が嫌いだったことが理由です。私は中学を卒業して、すぐに就職しました。最初に3年ほど働いた建設会社は、給料は日雇いレベルで、「このままここにいたら、自分の将来はない」と危機感を抱きました。

脱出すべく運転免許を取り、配送会社へ転職しました。その後、建設関連会社で営業職も経験しましたが、会社員のままでは人生は変わらないという気持ちが日増しに強くなっていきました。学歴はない、良い会社に就職はできない。だから、自分でやるしかないと思ったのです。

赤帽から食品物流へ――需要の変化をつかむ

―個人事業として運送の「赤帽」を始めました。

赤帽は、自分で営業して仕事を取り、会費を払って看板を借りて仕事をする仕組みです。運送会社で働いた経験があったので、「これなら自分にもできる」と思いました。がむしゃらにやって、自分が儲けられる仕事だったら、なんでもよかろうと。それを一生懸命やろうと。

他の人は1台で細々とやっていましたが、私は営業をかけて、友人や社員を集め、1年ほどでトラックを10台、20台と増やしていきました。ただ、仕事が増えても、なかなか利益が残りません。

しばらくして会社を法人化し、社員が20人、お客さんが30社ほどになり、会社は大きくなっているのに、お金が残らない状態が続きました。金融機関から融資も受けていて、簡単にやめられない状態になっていたのです。

そんな最中の平成不況。運賃単価は下がり、営業しても仕事が取れなくなります。途方に暮れた私の姿を見て、従業員は同情して辞めていく。そんな時期に、立ち寄ったコンビニエンスストアで求人雑誌をみると、驚きの発見があったのです。ラーメン、卵、パンの配送など、食品の配送募集がたくさん載っていました。

仕事欲しさにかけた飛込み営業が会社を救ったと話す

すぐに募集先へ電話をかけるわけです。社員募集にも関わらず、仕事をもらえないかと訪問したので、怒られることもありました。一方で、「面白いやつだ」と言われ、仕事につながることもありました。

当時、コンビニのチェーン化やスーパーマーケットの24時間営業が進んでいました。夜間配送は不規則な生活になることから、多くの会社から避けられる傾向があったのです。そこに事業の可能性がありました。

取引先の不渡り、融資停止、労働組合――「自分が招いた問題」

―事業が拡大する一方で、社内外で大きな危機に直面されたそうですね。

食品配送を手がけてから、売上は急拡大、12億円まで伸びました。しかし、その水準からは増えず、成長が止まりました。仕事の品質が悪かったのです。従業員の態度やマナーに問題があり、お客さんから評価されませんでした。

そこで、あいさつや身だしなみから社員教育を始めました。厳しく注意すると、嫌になって辞める人もいました。しかし、残った社員が変わり、会社の雰囲気も変わっていきました。

再び軌道に乗りかけて、新社屋と倉庫に約3億7000万円を投資したのですが、その直後、大口取引先から4000万円の不渡りが発生し、銀行からの融資も止まりました。

一方で社内でも問題が発生していました。知らず知らずのうちに社内では労働組合が結成されていたのです。

100人いた社員の約半数が労働組合に加入し、「もう働かへん」「ストライキするぞ」と猛反発。食品の仕事が増えて、「お金が稼げたらいいのだろう」と仕事を詰め込んでいたのが間違いでした。社員は休日と働き方のバランスを求めていたのです。

内から外からと問題が起こり、腹立たしいこともありましたが、「すべて経営者の自分が招いた結果だ」と考えました。だから、自分で解決するしかありませんでした。

経営者自身が学び、「五つの大満足」を経営理念にする

―危機をどのように乗り越え、自社の強みへ変えたのでしょうか。

資金繰りなどの危機を乗り越えた後、会社の拡大を一度止め、経営の勉強を始めました。研修やセミナーに参加し、さまざまな経営者の本を読みました。そこで気づいたのは、優れた会社には経営理念があるということです。

松下幸之助氏、孫正義氏、本田宗一郎氏、稲盛和夫氏などの著書には経営理念があったと話す
松下幸之助氏、孫正義氏、本田宗一郎氏、稲盛和夫氏などの著書には経営理念があったと話す

五健堂には、「五つの健康」という考え方があります。体、仕事、お金、家族、心。この五つが豊かになるために、仕事を頑張るという意味です。この考え方自体は、創業した頃から持っていました。しかし、組織には浸透していませんでした。

そこで、お客様・仕入先様・社員・会社・社会の「五つの大満足」を経営理念に掲げ、ビジョンや方針、目標とともに事業計画に落とし込み、社員に発表しました。もちろん、それだけでは、会社は変わりません。繰り返し伝え、社員が理解し、仕事の中で実践する必要があります。

それを粘り強く続けた結果、社風が変わりました。社員一人ひとりの仕事の品質が上がっていくと、営業せずとも、口コミで仕事が入るようになったのです。良い会社であれば、自然に評判が広がる。そう考えるようになりました。

理念と利益を両立させる物流モデル

―「必要とされる会社であり続ける」ために、何を行ったのですか。

理念は大切ですが、それだけでは会社は続きません。運送業は利益率が低いのです。だからこそ、利益を生む仕組みが必要です。

お客さんにとって運賃とはコストです。荷物がきちんと届くなら、できるだけ安い方がいいのです。そこで、単に運賃を下げるのではなく、物流全体の無駄を減らすことで、お客様の物流コストを下げることを考えました。

保管、仕分け、配送、荷役、管理、冷蔵・冷凍設備など、物流に関わる工程を一体で担う。こうした物流の3PLだけに留まらず、自ら土地を確保し、物流拠点を整備する。倉庫や事業所を整備して、お客さんに使ってもらう。

お客さんの物流コストが下がれば、五健堂にも利益が残ります。物流に加えてお客様に合わせて様々なサービスを提供する。そうすれば、ウィンウィンの関係になれるのです。

M&Aは「買収」ではなく「共存共栄」

―M&Aにも取り組んできました。

M&Aは、営業所を新しく作る時間を買い、シナジーを生み出す方法です。そして、私たちは、「企業を買って傘下に収める」ではなく、「共存共栄」だと捉えています。後継者不在に悩む会社の事業を残し、社員や取引先を守りながら、グループ全体で成長していく。そのための手法だと考えています。

売り手の社長にとっては、単に株式や資産を売るわけではありません。長年かけて築いてきた会社への思いや、社員、取引先との関係を私たちに託すわけです。

私が重視するのは、社風、取引先との関係、従業員の働く環境です。自分たちのやり方を押し付けるのではなく、「社長は、私たちに何を託したいですか」と尋ねる。だからこそ、M&A完了後も経営を続けてもらうこともあります。

「必要とされる会社であり続ける」

―数々の危機を経てたどり着いた経営哲学とは何でしょうか。

私の志を言い表すなら、「必要とされる会社であり続けること」です。売上や業績の拡大も、すべてはそのための手段に過ぎません。

必要とされる会社になるために、どんな問題が起きても他人のせいにせず、自らの責任として捉え、それを乗り越えていく。その繰り返しによって会社は成長します。

しかし、単に目の前の問題を解決するだけでは限界があります。大きな成長を実現するためには、掲げる「理念」と、利益を生み出す「仕組み」の双方が不可欠なのです。

そう気づいた私が今思うのは、自分がいなくなっても社会に必要とされ、成長し続ける組織をつくることです。そのためにも次の経営者を育て、この組織を次世代へと残していくことこそが、経営者としての責務だと思っています。

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