米中貿易摩擦は今後どうなっていくか│M&A地政学

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REUTERS

海外M&Aで地政学は欠かせない。今、世界で何がおき、そこにはどんなリスクがあるのか。「M&A地政学」では、国際政治学者で地政学の観点から企業のリスクコンサルティングを行うStrategic Intelligence代表の和田大樹氏が世界の潮流を解説する。初回は「米中貿易摩擦の行方」を取り上げる。

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今後の地政学リスクをめぐる情勢で最も大きなポイントになるのは、言うまでもなく米国大統領選挙の行方だろう。本番まで既に半年を切っているが、その結果によって米中関係、もっと言えば米中貿易摩擦がどうなって行くのか、それを懸念する企業関係者は多いことだろう。簡単ではあるが、ここではその行方について私見を述べてみたい。

バイデン政権下での対中規制

まず、大前提として認識しておくべきことは、特に米国にとって米中貿易摩擦は“貿易摩擦”ではなく、“貿易摩擦のお面を被った政治紛争”であることだ。バイデン政権は発足当初、米国の外交・安全保障上の最優先課題を中国との戦略的競争と位置付けたが、その後、米中間では安全保障や経済、貿易や先端技術などあらゆる領域での競争、対立が激しくなっていった。

バイデン政権下で特に激しい争いになっているのが、先端半導体をめぐる覇権争いだ。同政権は2022年10月、先端半導体が中国によって軍事転用されることを防止するため、先端半導体分野における対中輸出規制を強化した。

これは中国の先端半導体獲得を防止するべく、それに関連する材料や技術の中国への流入を抑える規制だが、米国単独では抜け道が存在すると判断したバイデン政権は昨年1月、先端半導体の製造装置で高い技術力を誇る日本とオランダに足並みを揃えるよう呼び掛け、その後、米国ほど厳しい規制ではないものの、両国とも中国への輸出規制を開始した。

さらに、バイデン政権は韓国やドイツなどの友好国にも先端半導体分野での輸出規制を呼び掛けたが、こういった米国の姿勢からは、“先端テクノロジー分野での中国の発展を阻止し、米国の優位性を確保する”という政治的な狙いが読み取れ、これはバイデン政権が強調する中国との戦略的競争の一環であろう。

そして、バイデン政権は5月、総額2兆8000億円相当の中国製品に対する関税を引き上げると発表した。引き上げ対象品は多岐に渡り、中国製EVが25%から100%、太陽光発電に使用される太陽電池が25%から50%、車載用電池、鉄鋼が7.5%から25%などと引き上げられ、自動車や家電製品など使われる非先端半導体、医療製品なども対象となった。

米大統領選で対中姿勢は変わるか

この引き上げ決定は、不当な貿易政策を取る国家への制裁を認める米通商法301条に基づくものだが、こういった“先制的かつ懲罰的な貿易規制”は米中貿易摩擦の発端となったトランプ前政権と違いはない。

米国の対中貿易赤字に不満を募らせてきたトランプ政権は、2018年から4回にわたって計3700億ドル相当の中国製品に最大25%の関税を課す措置を実行したが、これも先制的かつ懲罰的な貿易規制と表現でき、要は、トランプ政権を批判してきたバイデン政権ではあるが、対中姿勢という点ではトランプ政権を継承してきたのである。

また、秋の大統領選挙で勝利を目指すトランプ氏は、大統領に返り咲けば中国製品に対する関税を一律60%引き上げると主張する一方、前述のとおり、バイデン政権は5月に中国製EVに対する関税を25%から100%に引き上げる方針を発表したが、これも一種の政治的パフォーマンスと捉えられる。

近年、米国では議会だけでなく市民の間でも中国警戒論が広がっていて、要は、中国に批判的かつ強硬的な姿勢を示すことが支持拡大に繋がる状況になっており、バイデン政権は“100%”という数字を強調することで選挙戦を有利に進めたいという政治的な狙いが見え隠れする。

以上のような状況を本題に照らせば、トランプ襲撃事件があったことで今日トランプ優勢になっているようにみえるが、秋の大統領選挙ではどちらが勝利したとしても米中貿易摩擦が続くことに変わりはなく、どちらがより自制的な行動に撤するかは問題ではない。

しかも、バイデン、トランプ両者とも政権2期目である。通常、政権の1期目は再選リスクが伴うので、世論の動向にも配慮しながら、政権運営は自制的、対応的なものになる傾向があるが、2期目の後は引退しかないので、政策もより自分好みになりやすい。よって、来年以降、米国はこれまで以上に先制的かつ強硬的な貿易規制を中国に仕掛けていく可能性が考えられよう。

日系企業が配慮すべきこととは?

そして、日本としては両者のやり方の違いにも配慮する必要がある。トランプ政権は“単独”で中国への貿易規制を仕掛けていった一方、バイデン政権は“同盟国や友好国と協力しながら”中国に対抗していこうとする傾向がある。

前述したように、バイデン政権は先端半導体をめぐる対中輸出規制で日本にも同調を呼び掛けたが、それは日本が米中貿易摩擦の当事者になってしまうリスクを意味する。実際、日本は昨年7月から先端半導体の製造装置など23品目で中国への輸出規制を始めたが、その直後、中国は日本がその多くを中国に依存する希少金属ガリウム、ゲルマニウム関連の輸出規制を強化し、日本産水産物の輸入を全面的に停止した。これは、中国が貿易面で対日不満を強めている証であり、今後は日中の間でも貿易摩擦が広がることが懸念される。

最後になるが、米中貿易摩擦は秋の大統領選挙の結果に左右されることなく続き、それは米国が先制的な規制を仕掛け、中国がそれに対抗するという構図になる可能性が高く、バイデン政権とトランプ政権では、前者の方が日本に協力や接近を迫る可能性が高いと言えよう。

文:株式会社Strategic Intelligence 代表取締役社長CEO 和田大樹

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