「明通公溥」リーダーの勇気|M&Aに効く言志四録

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(anyaberkut/iStock)

不安を減らす行動とは

「南州手抄言志録」は、西郷隆盛が『言志四録』から101条を抜き出して座右の銘としたものです。その中から私たちにも参考になりそうな言葉を探しています。その3回目も『言志晩録』から見ていきます。

 難しい仕事に向かうとき、正しい判断をするために心を整えておくことを佐藤一斎は重視しています。前回は心や気力について触れました。

 今回は不安になる場面で、励ましてくれる言葉をいくつか紹介していきましょう。ビジネスは常に相手があることです。相手をコントロールすることはとても難しい。ですが、その前に自分をしっかり保つことはできるはずだからです。

 不安は未知からやってくるものですが、その中で少なくともちゃんと見ればわかるはずの自分自身を見つめて不安を減らすことも大切です。

 とくにリーダーとしては。

果断は義より来たる者有り。智より来る者有り。勇より来る者有り。義と智とを併せて来る者有り。上(じょう)なり。徒勇(とゆう)のみなるは殆(あやう)し。(『言志晩録』 159 果断の原動力)

●勇気だけでは危ない

 決断し行動する力は正義、叡智、勇気からやってくる。その中でも正義と叡智から決断し行動するのが理想だ。勇気だけから決断し行動するのは危険なことだから。

 正義については、以前の「M&Aに効く論語7 義を果たす勇気とは?」などでもビジネスに使えるように考えてきましたが、一つには目的(パーパス)があります。みなさんの正義は、ビジネスを進める上でのパーパスでしょうし、それを進めるための技術やルール(コンプライアンス)でしょう。

 つまり決断と行動のための力として、義(パーパス)は全社員が知っているいわば公理です。誰もがそれに則って決断し行動します。ただ、そこに叡智の差があります。個人の差がつきやすい部分でしょう。

 では、「勇気ある決断」と周囲から見られる決断や行動は、いったいどういう意味があるのでしょうか。おそらく、外からは見えない叡智の部分を、第三者からは勇気だと解釈しているのではないでしょうか。

 なにをするにしても不安はつきまとうものですが、それを勇気だけで解決するのは愚なのです。義に則り、叡智をふり絞ること。その過不足が結果を左右することになるのでしょう。

限りある時間の中で決断せよ

 とはいえ、私たちに許された時間には限りがあります。いつまでも待つことはできません。そのため、叡智を絞り集めるにも時間の制約があります。ですから最後には「これでいこう」と勇気を持って決めることになります。そのため、どれだけ考えた末の結論でも、不安はわずかに残るものです。

 そんなときに佐藤一斎先生はこう言います。

一燈(いっとう)を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿(なか)れ。只だ一燈を頼め。(『言志晩録』13 一燈を頼め)

●手にした灯りで進め

 いま暗い道を歩いているからといって、たくさんの提灯で照らして昼のように明るくすることは難しい。いま手にしている一つの灯りがあれば、暗い道でも歩くことができるはずだ。

 この言葉は、目先の行動というよりは、私たちの人生について語っていると言っていいでしょう。私たちはなんにも知らずに生きています。人が学べる範囲は、この世のすべての叡智に比べれば些細なものに過ぎません。

 だからといって、すべての叡智を得てからでなければ生きていけないのでしょうか。そんなことはありません。いま手にしている灯りで進むこと。それが人生です。

 この考えは、決断し行動するときにも同様です。時間の制約がある以上は、いま自分たちを照らしている灯り(正義と叡智)で決断し、行動するしかありません。

 そのとき、どんな灯りを手にしていれば間違いが少なくなるのか。佐藤一斎はそれを「義と勇」として考えています。

我れ無ければ則ち其の身を獲ず。即ち是れ義なり。物無ければ則ち其の人を見ず。即ち是れ勇なり。(『言志晩録』 98 義と勇)

●義と勇

 純粋な義と勇を考えてみよう。自分を捨てることができれば、そこに残っているのは義だけなのだ。欲がなければ他人のことは気にならない。そこにあるのは勇だけだ。

 先ほどの手にした義と叡智で進むには、こうした純粋な義や勇の存在についても考えておきたいものです。

 ビジネスにあっては、「私」をなくすことは難しく、「欲」をなくすことはそもそもビジネスになりません。ただ、パーパスに集中していくと、自分はかなり小さな存在になっていきますし、欲をもっと広い視野で考える(たとえば社会への貢献など)ことで、勇も純粋さに近づくことでしょう。

 その中で私たちは最善を尽くすことが求められ、それを成し遂げることで目的を達することができるのです。

明通公溥のリーダー像

満(まん)を引いて度(ど)に中(あた)れば、発して空箭(くうぜん)無し。人事宜(よろ)しく射(しゃ)の如く然るべし。(『言志晩録』 87満を引く心)
仕事の失敗を恐れる前に、しっかり弓を引く。力をこめて準備する(borabalbey/iStock)

●準備の大切さ

 矢を当てるにはしっかり弓を引き絞ること。必要なだけ弓を引けていれば外れることはない。仕事の失敗を恐れる前に、しっかり弓を引こう。力をこめて準備をしよう。

 最善を尽くすためにも、いかに準備に力を入れるべきか。当たり前のようでも、準備の時間はいつも足りないものです。足りない中で思いきり弓を引くこと。それは、時間がないがために結果に心を捕らわれてしまい、バタバタしてしまうことを避けようと言っているのです。

 準備の上手な人は結果に結びつきやすい。わかっていても、準備に手がつかない。焦る。そんな気持ちを静めることも大事なことでしょう。まして、みなさんがリーダーとして行動するときには。

相位(しょうい)に居る者は、最も宜しく明通公溥(めいつうこうふ)なるべし。明通ならざれば則ち偏狭なり。公溥ならざれば則ち執拗なり。言志晩録』 126人の上に立つ人の心得)

●リーダーの心得

 リーダーは、広い視野を持ち、公明正大であるべきだ。視野を広くとらなければ見抜けない部分が多くなってしまう。公明正大でなければ、人の言葉を無視するただ頑固なだけの人になってしまう。

 明通公溥とは、「視野が広く公明正大であること」と解していいでしょう。大臣(相位)といった公職にある人のことを念頭に置いていますが、リーダー全般に通じる言葉です。

 頑固さは、リーダーにありがちな態度です。自分だけがわかっている(叡智)といった状態のときは頑固さも必要になるかもしれませんが、あらゆることに頑固になっているとしたら、リーダーとしてはふさわしくないのです。そのために、視野を常に広く確保する。どこにパスを通すか、司令塔はしっかり見えていなくてはなりません。

 同時に、自分の置かれた状況とその変化について敏感でなければなりません。情報を新しくし続けるためには、人の言葉に耳を傾けるのは当然でしょう。そして決断の裏づけとして、公明正大であることが求められます。検証可能な、誰にでもわかる理由のある決断です。

 常に、こうした姿勢でいるリーダーであれば、スタッフも安心して全力で準備に取りかかることができるでしょうし、手にした灯りだけを頼りに暗い道を進む勇気も得られるでしょう。

 次回からは、佐藤一斎が最晩年に記した『言志耋録』から西郷隆盛が選んだ言葉を紹介していきます。

※漢文、読み下し文の引用、番号と見出しは『言志四録』(全四巻、講談社学術文庫、川上正光訳注)に準拠しています。

文:舛本哲郎(ライター・行政書士)