「志気」気持ちの鋭さを保つ|M&Aに効く言志四録

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鋭く真実を見据える心が大切(fizkes/iStock)

合理的に心を捉える

 佐藤一斎の『言志四録』を紹介してきたこの連載も残り2回となりました。コロナ禍の世界、そして日本は大きな変化を余儀なくされています。そこで、今回と次回は、2021年をみなさんにとってよりよい年にしていただけるように、『言志録』『言志後録』から言葉を探していきます。今回は『言志後録』です。

志気は鋭からんことを欲し、操履(そうり)は端(ただ)しからんことを欲し、品望は高からんことを欲し、識量は豁(ひろ)からんことを欲し、造詣は深からんことを欲し、見解は実ならんことを欲す。(『言志後録』55日々の心得)

●心がけたいこと

志気つまり心の勢いは鋭くあってほしい。言動は正しくありたい。品位と人望は高くありたい。見識と度量は広く、学識と技芸は深くありたい。そして、物を見て理解するときは真実を見据えたい。

 この言葉は、齋藤孝著『最強の人生指南書 佐藤一斎「言志四録」を読む』でも紹介されています。

 齋藤孝氏はこの言葉について、人間性を具体的に考えている点を評価しています。「ある・なし」「高い・低い」で評価するのではなく、それぞれに「鋭さ」「正しさ」「高さ」「広さ」「深さ」で見るように示していることを齋藤氏は「優れた合理性」と見ています。

 私が注目するのは、冒頭に「志気は鋭からんこと」を置いている点。ともすれば、私たち自身、自分の心のありように目を向けることは少なく、言動や品位や人望、見識、学識、見解など第三者からも見えやすい部分にばかり注目してしまいます。

 「志気の鋭さ」。すべてはそこからはじまるのだ、と明確に位置づけています。志気は心の勢い、意気込みです。「やろう」「やるぞ」「やり遂げる」と決めて向かっていくとき、最初に動くものは誰からも見ることのできない、自身の心なのです。その心に鋭さが欠けていれば、他の人間性の発揮にも大きな影を落とすことでしょう。

 『言志後録』には「志気に老少なし」(243)との言葉もあります。「血気には老少有りて、志気には老少無し」と説いています。体力に基づいたエネルギー量、血気は若者に多く、老いていけば衰えていきます。ですが、志気には年齢差はあまり大きく出ないとしています。若くエネルギーに満ちているときに体力と気力を養い、高齢になっていくと体力こそ落ちていくとしても、気力は持続できる、つまりいい仕事ができるというわけです。

読書で心を整える

 志気を鋭く保つこと、つまり心が大事、というのは佐藤一斎の基本的な姿勢ですが、『言志後録』でははじめて「心学」という表現が出てきます。たとえば、「時には自然に親しめ」(66)で、「時に蒼奔(そうぼう)の野に行く可し。此れも亦心学なり」の記述があります。大自然に触れて英気を養うことも、心を育て、志気の鋭さを保つ秘訣でしょう。

 心学については西郷隆盛が選んだ101条でもある次の言葉があります(なお西郷はこの言葉のうち、半ばにある「孟子は」以降のみを選んでいます)。

読書も亦心学なり。必ず寧清(ねいせい)を以てして、躁心(そうしん)を以てする勿れ。必ず沈実(ちんじつ)を以てして、浮心(ふしん)を以てする勿れ。必ず精深(せいしん)を以てして、粗心(そしん)を以てする勿れ。必ず荘敬(そうけい)を以てして、慢心を以てする勿れ。孟子は読書を以て尚友(しょうゆう)と為せり。故に経籍(けいせき)を読むは、即ち是れ厳師父兄の訓(おしえ)を聴くなり。史子を読むも亦即ち明君、賢相、英雄、豪傑と相周旋するなり。其れ其の心を清明にして以て対越せざる可(べ)けんや。(『言志後録』144読書もまた心学)

●読書は心を整える

読書は心を整えるための学びである。読書をするときは、心を安らかにし、騒がしくしないこと。落ち着いて、浮つかないこと。深く詳しく読み、粗雑に読み飛ばさないこと。慎んで読み、慢心せずに読もう。孟子も、読書によって古人を友としていた。古い賢者の本を読むことは、厳しい先生や父兄からの教えを受けるのと同じだ。歴史書を読めば、明晰な君主や賢い宰相や英雄、豪傑たちと語らうことができる。心をクリアにして、そうしたスゴイ人たちとしっかり対峙して読むことだ。

優れた書物と向かい合うことが志気の鋭さへつながる(west/iStock)

 いま会える人と会うこと。虚心坦懐に話をする、話を聴くことも大事ですが、心をさらに強く高い次元へと整えていくためには、時空を超えて古今東西の優れた書物と向かい合うことだというのです。それが志気の鋭さへつながるのです。

 多くの人が人生を振り返るとき、「出会い」をターニングポイントとしています。恩師との出会い、感動的な作品との出会い、友人との出会い、そして書物との出会いもあるでしょう。その出会いがなければ、いまの自分はなかった、とさえ思う人もいるはずです。

 ネット社会となり、リモートでの会議やSNSでの意見交換も多い昨今ですが、より心を豊かにする出会いとして読書を活用してみるのもいい方法ではないでしょうか。

楽しむ心を持つ

 とはいえ、本を読むだけでは足りないのだと佐藤一斎は強調もしています。こちらも西郷隆盛が「南州手抄言志録」に選んでいる言葉です。

学は自得するを貴ぶ。人徒(いたずら)に目を以て字有るの書を読む。故に字に局(きょく)して、通透(つうとお)するを得ず。当(まさ)に心を以て字無きの書を読むべし。乃(すなわ)ち洞(とう)して自得する有らん。 (『言志後録』138無字の書を読め)

●字にとらわれるな

学ぶとは、自身で悟ることがもっとも大事なこと。目に入ってくる文字だけを追って本を読んでいないだろうか。これでは字にとらわれてしまい、物事の道理に気付くところまではいかない。心をフルに活用して字のない書物(人々、世の中や自然)を読んで自ら悟ることが大切だ。

 志気を鋭くするには、視野を広げて体験を増やすことも大事なのです。読書だけでも足りず、体験だけでも足りない。自分の心をより高めていくために、日々、少しだけ意識をして積極的に行動してみるのはいかがでしょうか。

 とはいえ、「学ぶこと」や「心を整えること」をあまりにも難しく考えることはないようです。

人の一生遭う所には、険阻(けんそ)有り、坦夷(たんい)有り、安流(あんりゅう)有り、驚瀾(きょうらん)有り。是れ気数の自然にして、竟(つい)に免るる能わず。即ち易理なり。人は宜しく居って安んじ、玩(もてあそ)んで楽しむべし。若し之を趨避(すうひ)せんとするは、達者の見(けん)に非ず。 (『言志後録』25達人の見解)

●楽しもう

人の一生を思うと、道に喩えれば悪路もあれば平坦な道もある。水の流れに喩えれば、穏やかな流れもあれば、激流もある。こうした変化は自然なことで、嫌だからといって逃れることはできない。それが運命と思えば、いま自分の状況を受け入れて楽しむのも手である。ただ嫌だからと逃れようとしてばかりいるのは、人生の達人のすることではない。

厳しい状況を楽しんでしまう偉大な人たちがいた(oshcherban/iStock)

 人生の達人になりたいかどうかは別として、歴史的に見ても厳しい状況を楽しんでしまう偉大な人たちがいたことは事実でしょう。たとえば映画『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』を見たりすると、チャーチルはあの状況でもなお仕事を夢中になって楽しんでいたのではないかと思えてしまいます。

 志気の鋭さは、状況に左右されることなく、自身の生きる道として立ち向かっていく姿勢に現われるのではないでしょうか。そしてどんなにそれが不利な状況でも、そうやって自分の運命を切り開く強い心を持つ人は、楽しんでいるように見えるのではないでしょうか。ほかの誰でもない、自分だけの道なのですから。

 これからも、私たちは、どのような状況に直面しようとも、そこから学び、さらに楽しむだけの心を持てるようになりたいものです。

 次回は最終回。『言志録』から2021年の私たちに響く言葉を探してみましょう。

※漢文、読み下し文の引用、番号と見出しは『言志四録』(全四巻、講談社学術文庫、川上正光訳注)に準拠しています。

文:舛本哲郎(ライター・行政書士)