創業者である古岡秀人の「戦後の復興は教育をおいてほかにない」との強い信念のもと設立された学研ホールディングス。 「教育」を基軸とする雑誌や書籍を起点とし、教養・趣味・実用分野など、多岐にわたる出版事業を展開している。創業当時は、「科学」「学習」に代表される出版事業であったが、 現在はそれにとどまることなく、子どもの学びをサポートする「学研教室」を中心とした塾事業、幼稚園・保育園・学校向け教材・教具の制作・販売に加え、保育園の運営や高齢者住宅、介護サービス等、医療福祉分野に至るまで幅広く事業を展開している。
学研はこれまで、事業拡大にあたりM&Aを活用してきた。学研社及び子会社45社、関連会社4社で構成された巨大な企業群である。今後どのような絵をM&Aにより描いていくのだろうか。
学研HDは、「教室・塾事業」「出版事業」「高齢者福祉・子育て支援事業」「園・学校事業」の4つのセグメント事業を行う。
「教室・塾事業」は幼児から高校生までを対象にした学習教室や進学塾を展開、「出版事業」は主に取次・書店ルートでの各種出版物の製作・販売を行う。「高齢者福祉・子育て支援事業」はサービス付き高齢者向け住宅や保育施設の設立・運営などを実施し、「園・学校事業」は主に幼稚園・保育園や学校向けに教材の販売やサービスを提供する。
セグメントごとの売上高を比較すると、出版事業を軸にバランスよく事業を分散しており、均等を保ちつつ事業多角化を図ろうとする戦略がみえる。
図:学研ホールディングスのセグメント別売上高割合
現在の代表は宮原博昭氏である。1982年3月防衛大学校を卒業後、貿易会社での勤務を経て1986年9月、学習研究社に入社。主に教育事業畑を歩み、2009年から経営戦略を担当。教育事業の強化と出版事業での電子書籍への対応を進め、業績回復を図った。2010年12月より学研ホールディングスの代表取締役社長に就任し、現在に至る。なお、宮原氏並びにその他役員は同社の株式をほとんど所有しておらず、オーナー色が薄い企業であると言える。
学研ホールディングスの株主は同業者と取引先を中心に構成されている。筆頭株主である「公益財団法人古岡奨学会」は13.1%を保有するが、これは学研の創業者である古岡秀人氏が奨学金による学生の勉学支援を目的に設立した公益財団である。
以下、同業と取引先がそれぞれ数パーセントずつ保有する点が特徴的である。同業者は教室・塾経営で、栄光ゼミナールを展開するZEホールディングスが4.36%、市進ホールディングス<4645>が3.18%、明光義塾ネットワーク<4668>が2.68%、河合楽器製作所 <7952>が2.34%をそれぞれ保有する。各社とも、業務提携の拡大を目的としている。
取引先については凸版印刷<7911>が3.05%、大日本印刷<7912>は2.23%をそれぞれ保有する。出版事業での往年の取引関係の強さをうかがうことができる。なお、金融機関は三井住友銀行と三菱東京UFJ銀行が名を連ねている。
大株主名 | 所有株式数(千株) | 所有株式数の割合(%) |
---|---|---|
公益財団法人古岡奨学会 | 13,888 | 13.1 |
株式会社ZEホールディングス | 4,627 | 4.36 |
株式会社市進ホールディングス | 3,380 | 3.18 |
凸版印刷株式会社 | 3,234 | 3.05 |
学研取引先持株会 | 3,008 | 2.83 |
株式会社三井住友銀行 | 3,000 | 2.83 |
株式会社明光ネットワークジャパン | 2,844 | 2.68 |
株式会社河合楽器製作所 | 2,485 | 2.34 |
大日本印刷株式会社 | 2,368 | 2.23 |
株式会社三菱東京UFJ銀行 | 2,352 | 2.21 |
計 | 41,187 | 38.87 |
(注) 1上記のほか、13,354千株(発行済株式総数に対する所有株式数の割合12.60%)を自己株式として所有。自己株式13,354千株には「信託型従業員持株インセンティブ・プラン(E-Ship)」により、野村信託銀行株式会社(学研従業員持株会専用信託口)が所有する当社株式526千株を含めていない。
(注)2発行済株式総数に対する所有株式数の割合は、小数点第3位以下を切り捨てている。
平成29年3月31日現在。同社有価証券報告書よりM&AOnline編集部作成
直近10年間の学研ホールディングスのM&Aは下表の通りである。分析すると、二つの戦略を読み解くことができる。
年月 | 沿革と主なM&A |
---|---|
1947年3月 | 東京都品川区平塚町八丁目1204番地に資本金19万5千円をもって学習研究社(現学研ホールディングス)を設立。 |
1982年8月 | 東京証券取引所市場第二部上場。 |
1984年2月 | 東京証券取引所市場第一部上場。 |
2006年12月 | 東北ベストスタディ(現学研スタディエ、現連結子会社)を買収。 |
2007年3月 | タートルスタディスタッフ(現学研エル・スタッフィング、現連結子会社)を買収。 |
2007年12月 | ホットライン(現学研アイズ、現連結子会社)を買収。 |
2008年2月 | 秀文社(現学研スタディエ、現連結子会社)及びWASEDA SINGAPORE PTE.LTD.(現連結子会社)を買収。 |
2009年1月 | 創造学園及び早稲田スクール(現連結子会社)を買収。 |
2009年10月 | 会社分割による持株会社へ移行し、商号を学研ホールディングスへ変更。また、当社を分割会社とし、当社の100%子会社である学研教育みらい、学研ネクスト(現学研アソシエ)、学研メディカル秀潤社を吸収分割承継会社化。 |
2010年4月 | 学研ネットワークが当社及び学研エデュケーショナルの営む子会社管理事業を承継し、商号を学研塾ホールディングスに変更。学研プロダクツサポートが学研ビジネスサポート、学研ファシリティサービスの2社を吸収合併。 |
2010年10月 | 学研R&Cが学研データサービスを吸収合併し、商号を学研データサービスに変更。(現連結子会社) |
2011年12月 | 駒宣(現子会社)を買収。ユーミーケア(現学研ココファン、現連結子会社)を買収。 |
2012年10月 | 福岡よいこの学習社(現連結子会社)を買収。 |
2013年1月 | イング(現連結子会社)及び全国医療教育推進協会(現子会社)を買収。 |
2013年8月 | 全教研(現連結子会社)を買収。 |
2014年10月 | エス・ピー・エー(現シスケア、現連結子会社)及びシスケア(現連結子会社)を買収。 |
2015年3月 | 文理(現連結子会社)を買収。 |
2015年5月 | シスケアがエス・ピー・エーを吸収合併。 |
2015年10月 | 学研マーケティングが学研教育出版、学研パブリッシングの2社を吸収合併し、商号を学研プラスに変更。 |
2015年10月 | 学研ココファンがユーミーケアを吸収合併。 |
2015年10月 | 学研メディコンが学研ネクストを吸収合併、学研教育みらいと学研教育出版の事業の一部を吸収分割により承継し、商号を学研アソシエに変更。 |
2016年4月 | 学研スタディエ(2016年2月、秀文社が商号変更)が東北ベストスタディを吸収合併。 |
同社有価証券報告書を基にM&A Online編集部作成
一つ目の特徴が「同業(学習塾)の買収」である。学研ホールディングスは直近で約10件、学習塾を買収してきた。ターゲットとしては地場有力の塾会社であり、地域ブランドの取り込みとシェア拡大を目的としている。
2006年12月の東北ベストスタディの買収を皮切りに、M&Aを加速させる。同社は東北の名門受験塾「あすなろ学院」を運営している。小・中・高校生が通う受験塾で、特に宮城県での高校受験については県内トップクラスだ。この買収は、東北地区で地域色の強い情報や良質な講師陣の獲得を目的としていた。
2007年3月には、タートルスタディスタッフを第三者割り当ての引き受けにより子会社化した。同社は「タートル先生」のブランドで親しまれ、家庭教師の派遣及び学習塾講師派遣を主業務とし、関東・中部・関西に7拠点を展開していた。学研は学校現場におけるアフタースクールやカルチャーセンター等への講師派遣需要に応えることを目的としていた。
2013年1月にはイングを子会社。同社は、幼児から高校生までを対象とした学習塾の経営、社会人を対象とした資格取得ビジネス、法人向けのマネージメントビジネスを、大阪を中心とした関西圏に広く展開していた。この買収では、多様化している「児童・生徒個々の学力」と「地域ごとの教育(入試)制度」の双方をカバーすることを目的としていた。
さらに同年8月には全教研を買収した。同社は、幼児から高校生までを対象とした早期才能開発教室、学習塾経営、才能開発講座を福岡、筑後、北九州、大分、佐賀、長崎エリアなど九州地区において広く展開している。買収時の全教研の売上高は45億1,300万円で、純利益は1億7,300万円であり、株価として30億円で買収した。
M&A戦略のもう一つの特徴は、「事業領域の拡大」である。学研は学習塾や出版事業と主に学生向けのサービスを行ってきたが、少子高齢化を背景にM&Aによって事業領域の拡大を図っている。具体的には、高齢者向け事業に力を入れているようだ。
代表的な事例は、2011年12月のユーミーケアの買収である。同社は、湘南エリアで26棟のシニア住宅を運営していた。学研は高齢者福祉事業を飛躍的に推進させ、早期にシナジー効果の発揮を期待していた。
2014年10月には、エス・ピー・エー及びシスケアを買収した(両社は2015年に合併し、社名をシスケアに統一)。同グループは高齢者住宅施設の設計・マーケティング・コンサルティングのプロを擁する強みを活かし、有料老人ホーム、グループホーム、サービス付き高齢者向け住宅、保育園などの企画、設計、開設支援を数多く手掛けていた。買収当時、学研は首都圏を中心に高齢者住宅を約 80 拠点、保育施設を約 20 拠点展開しており、その拠点開設ペースのさらなる引き上げに適うものであるとした。
総じて、学研のM&Aは「学習塾の拡大」と「事業領域の拡大」を両輪として推し進めている。
売上高と営業利益の推移は下図のとおりである。直近の学研グループの業績は、売上高99,049百万円(前期比3.2%増)、営業利益2,732百万円(前期比1,132百万円増)、経常利益2,922百万円(前期比1,179百万円増)、親会社株主に帰属する当期純利益1,368百万円(前期比1,103百万円増)となった。
なお、2014年9月期は美容健康・家庭実用分野等でのムックや定期誌の販売不振、返品や在庫処分の増により大幅な減益となった。
のれん、現金及び現金同等物、自己資本比率の推移を見ておこう(下図)。
2013年9月期までは自己資本比率が50%前後で推移しており安定経営であったが、2014年9月期に50億円ほど金融機関から調達し、自己資本比率が低下した。のれんは2013年9月期に20億円を到達しており、M&Aが事業拡大に寄与していることがわかる。
現金及び現金同等物は100億円前後まで増加傾向であり、キャッシュリッチである。今後、投資家による配当圧力及び積極的な事業投資が求められることが推察され、学研がどのようにして運用するか注目が集まる。
学研ホールディングスは今後ともM&Aを活用し事業拡大を進めてゆく。2016年時点から5年間で国内でのM&A(合併・買収)に100億円を投じる方針だ。成長分野と位置づける高齢者向け事業の強化を目指し、サービス付き高齢者向け住宅を運営する企業の買収を検討する。
教育業界では特に、少子高齢化を背景として、従来の学習塾運営などに加え、周辺事業として介護など高齢者向け事業を拡大する会社が多く、学研も同じ絵を描く。学研は教育を軸に人々のライフスタイルに寄り添うために、どのようなM&Aを行うか。今後とも注目したい。
この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。
文:M&A Online編集部