「富士ゼロックス」最後の日が近づく|「ゼロックス」の看板外し、4月から新ブランド

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「富士フイルムビジネスイノベーション」への移行を控える…富士ゼロックス本社(東京・六本木)

事務機器大手の富士ゼロックスが社名から「ゼロックス」を外し、4月1日から「富士フイルムビジネスイノベーション」として新たにスタートする。日米合弁の成功モデルとして知られる同社だが、「買収破談」をきっかけに60年近くに及ぶ関係にピリオドを打つ。

世界中で自社ブランド展開が可能に

富士ゼロックスの親会社、富士フイルムホールディングス(HD)が米ゼロックスとの合弁を解消し、ゼロックスが保有する富士ゼロックス株式の25%を約2500億円で取得し完全子会社化したのは2019年11月。これに伴い、技術・ブランドライセンスや販売地域などを規定した契約を更新せず、現行の契約期間が満了する2021年3月末をもって終了させることを取り決めていた。

合弁解消で何が変わるのか。最大の変化は販売エリアのしばりがなくなることだ。4月以降、富士側は世界中で新たな自社ブランドによる営業展開が行えるようになる。

これまでは販売テリトリー制のもとで、富士ゼロックスがアジア太平洋地域で「富士ゼロックス」ブランド、米ゼロックスが米欧などその他地域で「ゼロックス」ブランドで、それぞれ営業分担してきた。今後はゼロックス以外へのOEM(相手先ブランド生産)供給の拡大も、米欧を含めてワールドワイドに可能となる。

ゼロックス買収不調に伴い合弁解消

富士陣営にとって合弁解消は願ったりかなったりのように映るが、実は本当の狙いは別のところにあった。富士フイルムHDが画策したのは米ゼロックスの買収だ。

事務機器市場で富士ゼロックス、米ゼロックスは米HP、キヤノン、リコーの3強に次ぐ4番手。富士ゼロックス、米ゼロックスの統合で業界トップの奪取を目論んだのだ。

富士フイルムHDは2018年1月に米ゼロックスを買収することで合意した。すんなり事が成就するかに見えたが、誤算が待っていた。ゼロックス側が合意を破棄して法廷闘争に発展し、1年半以上も対立状態が続いた。

こうした中、富士フイルムHDはゼロックスの買収を断念する代わりにゼロックスとの合弁を解消し、富士ゼロックスを完全子会社化することで一連の問題にけりをつけたというわけだ。

1962年に日米折半出資でスタート

富士ゼロックスの誕生は1962(昭和37)年にさかのぼる。富士写真フイルム(現富士フイルムHD)と英国ランク・ゼロックス(現・米ゼロックス)が折半出資で設立した。その3年前、ゼロックスは世界初の普通紙複写機「Xerox914」を発売したばかりで、技術力における彼我の格差は圧倒的だった。

当初は事実上、販売代理店の位置づけでスタートした富士ゼロックスだったが、1971年には製造販売一貫体制を確立。その後、日本発の製品を次々に開発し、技術力では次第に“本家”のゼロックスをしのぐまでになった。

実際、2000年に急成長する中国での事業権を取得。2001年には富士フイルム側が出資比率を75%に高め、富士ゼロックスを連結子会社化した。一方で近年、ゼロックスはペーパーレス化が進展する米欧で苦戦していた。

そうした先に見据えていたのが米ゼロックス買収だったが、予期せぬ展開の末に一敗地に塗れた。新生・富士フイルムビジネスイノベーションとして、「禍転じて福と為す」をどう具現化するのか。

文:M&A Online編集部