経済安全保障推進法のうち「サプライチェーン(供給網)の強化」と「先端技術の研究開発」が8月1日に施行された。併せて従来から取り組んできた安全保障貿易管理制度による輸出規制も強化されるだろう。しかし先走りが過ぎると、思わぬ「抜け駆け」を食らうことになりかねない。それも信頼関係のある「同盟国」によって、だ。
残る「基幹インフラサービスの安定確保」と「特許出願の非公開」についても、政府は「スピード感を持ってやっていく」(小林鷹之前経済安全保障大臣)方針だ。新たに安全保障分野で強い影響力を持つ高市早苗経済安全保障大臣が就任し、経済安全保障の取り組みが加速するのは間違いない。
経済安全保障が急がれる背景には、ロシアによるウクライナ侵攻や中国による台湾への圧力強化といった軍事的な紛争から自国経済を守る必要性が強く認識されたことがある。
さらには新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックでサプライチェーン(供給網)が機能不全に陥り、生産に多大な支障が生じて海外依存の見直しが迫られていることも課題として浮上した。
日本の場合、経済安全保障の対象国として強く意識されているのが中国だ。かつては共産圏の盟主だった旧ソ連への軍事転用が可能な製品の輸出規制が重視されていた。現在では中国の経済発展自体が経済安全保障上の脅威と位置づけられ、旧ソ連に比べると輸出規制の対象は広がっている。
そのため規制が行き過ぎると、日本企業の輸出ビジネスの足を引っ張ることになる。かつての日本政府は、経済安全保障政策を真面目にやりすぎた。対共産圏輸出統制委員会(COCOM)では日本が共産主義国への軍事技術・戦略物資の輸出規制を厳しく守ってきた半面、欧米企業が抜け駆けをしてきた経緯がある。
現在、バイデン政権の米国と習近平体制の中国は、軍事上は台湾を巡って激しく対立しており、戦略的な製品については厳しい輸出規制をかけているかのように見える。しかし、ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、実際には対中ハイテク輸出の審査をする商務省が、ほぼ全ての申請を承認しており、重要技術の輸出が増加している。
米商務省は輸出許可が必要な対中ハイテク輸出申請のうち、実に94%に当たる2652件を承認したという。中には半導体や航空宇宙部品、人工知能(AI)といった軍事転用可能な製品や技術も含まれる。要するに米国の経済安全保障の障壁は「ザル」なのだ。
欧州諸国も自国企業のビジネスチャンスを台無しにしてまで、経済安全保障による厳しい輸出規制に踏み切ることはないだろう。官主導の規制が厳格に適用される日本では、企業から「行き過ぎた輸出規制がビジネスの妨げになりかねない」と懸念する声も出ている。
対中「タカ派」として知られる高市新大臣の下で、中国へのハイテク製品輸出に厳しい規制が設けられた場合、日本企業の「お得意先」を欧米企業の「抜け駆け」で奪われることになりかねない。日本政府は経済安全保障で決して先走ることなく、慎重に進めて行くべきだろう。
文:M&A Online編集部