トヨタがレースでお披露目した「もう一つの水素車」は普及する?

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「水素車」が話題だ。トヨタ自動車<7203>の豊田章男社長が2021年5月に開かれた「スーパー耐久シリーズ2021 富士24時間レース」で水素エンジン車のハンドルを握り、話題になったのは記憶に新しい。バッテリーで駆動する電気自動車(EV)化が急速に進むと、自動車産業の雇用が守れないと主張する豊田社長の出した答えが水素エンジン車だったわけだ。しかし、「水素車」は水素エンジン車だけではない。

二つの「水素車」とは

トヨタが水素エンジン車を発表するまでは、水素車といえば燃料電池車(FCV)のことだった。FCVは水素を空気中の酸素と反応させて電気を取り出す装置。水を電気分解すると水素と酸素になるが、その真逆の化学反応を利用している。トヨタの市販車「MIRAI(ミライ)」もFCVだ。

一方、水素エンジン車は水素をガソリン同様に燃焼(実際は爆発)させてピストンを駆動する内燃機関だ。メリットは現行のガソリンエンジンの燃料噴射装置を改造すれば、そのまま利用できること。そのためコストが安く、量産すればガソリン車並みの価格で販売できる。

実は水素エンジン車は1992年にマツダ<7261>が実験車の「HR-X2」を開発、その後は市販車の「RX-8」のエンジンを改造した水素エンジン車を試作している。マツダが水素エンジンに早くから取り組んだのは、同社が持つロータリーエンジン(RE)との相性が良いから。

水素はピストンの往復運動中にバックファイヤー(異常燃焼)を起こしやすく、燃焼制御が難しい。ところがREはピストンではなくローターという回転運動で駆動する仕組みのため、バックファイヤーが起こらない。水素にはぴったりのエンジンなのだ。マツダも水素ロータリーの研究に再び力を入れており、近く水素エンジン車に参入する可能性がある。

一方、燃費向上のためピストンエンジンの燃料制御技術も高度化し、水素を燃やしてもバックファイヤーを抑え込むことが可能になった。その技術を応用したのがトヨタの水素エンジンレースカーなのだ。

実は水素と自動車の相性は悪い

水素は次世代エネルギーの「本命」と言われ、日本を含め世界中で「水素社会」を目指す動きが進んでいる。これら二つの水素カーは、EVに代わるエコカーになるのだろうか? 実は、その望みは薄い。水素と自動車の「相性」が悪いのだ。

水素の弱点は「移動」だ。水素は最も軽い元素で、同一の重量であれば体積が大きい。専門用語で言えば、体積エネルギー密度が低いのだ。そのため移動や保管には超高圧で大型のタンクが必要になる。これは水素エンジン車もFCVも同じ。

MIRAIでは70MPa(約700気圧)もの超高圧タンクを計3本、合計で141リットルの容量がある。ガソリンなら105kgは積める容量だが、水素は5.6kgしか積めない。MIRAIの航続距離は750kmだが、仮にハイブリッド車の「プリウス」*が同容量のタンクを備えれば4500km以上走行できる計算になる。
*モデルE(WLTCモードで32.1km/l)の場合

燃料インフラとなる水素ステーションが普及しないのも、同様の理由による。ガソリンタンクよりもはるかに大きい水素タンクに加え、自動車に燃料を高圧で充てんするコンプレッサー(圧縮機)も必要だ。資源エネルギー庁新エネルギーシステム課と水素・燃料電池戦略室によると、水素ステーションの設備投資は2019年実績で平均4億5000万円かかっている。ガソリンスタンドの3〜4倍だ。

水素が有利なのはエネルギーが「地産地消」できるケース。メガソーラー(太陽光発電)や風力発電といった再生可能エネルギーの電力で水を電気分解し、水素として最寄りの定置式の大型タンクに保管しておく。必要な時に水素を燃やすか、燃料電池で電力を得る。

夜間や無風状態など再生可能エネルギーが発電できない場合でも、水素が介在することで電力を安定供給できる。定置式であればタンクを大きくできるし、高圧で水素を充てんする必要もない。燃料電池をコンパクトにする必要もないのでFCVに比べるとコストを低く抑えることができる。

地産地消なら送電網も不要なので投資コストも安く、送電ロスもない。これが現時点では、最も現実味がある「水素社会」の姿だ。

実際のところ、トヨタは水素エンジン車を量産する計画もなく、ホンダ<7267>FCVから撤退すると伝えられている。少なくとも水素車は、どちらのタイプともエコカーの主流になれそうもない。

文:M&A Online編集部