「知床事故」「安全規制」「終わらぬコロナ」で遊覧船が大ピンチ

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ようやく春が訪れた北海道で、悲惨な水難事故が起こった。4月26日に遊覧船「KAZU I(カズ ワン)」が知床半島のカシュニの滝付近で沈没し、船長・甲板員と子ども2人を含む乗客24人の合計26人が遭難したのだ。28日までに発見された14人は全員が死亡している。この事故が全国の遊覧船事業に深刻な影響を与えそうだ。

安全規制強化に伴う負担増が中小零細遊覧船を追い詰める

今回の事故では、「KAZU I」を運航していた有限会社知床遊覧船の杜撰な運営体制に非難が集中。「売上至上主義」の無謀な出航、通信手段となる衛星電話や無線の整備不良、「KAZU I」が波静かな瀬戸内海向けの旅客船として建造され、事故当時に3メートルを超えていた高波での航行を想定していない船体だったことなど、問題点が次々と明らかになったからだ。

高波を受けて沈没した遊覧船「KAZU Ⅰ」(同社ホームページより)

国土交通省は5月11日に開いた「第1回知床遊覧船事故対策検討委員会」で、20総トン未満の小型旅客船の安全対策の見直しに着手した。斉藤鉄夫国土交通大臣は「このような事故が二度と起きないよう取り組む」と強調した。国の安全対策が強化されるのは確実だ。

落ち着かないのは、全国で小型船舶による遊覧船を運航する不定期航路事業者だ。国交省によると全国で606事業者が運航に当たっている。その中には知床遊覧船のような中小零細事業者も多い。規制が強化されれば、それに対応するための資金が必要になる。

遊覧船に対する「規制」だけでなく「支援」も

中小零細事業者は資金力に乏しい。新たに設置が義務づけられそうな業務用無線機や衛星携帯電話一つとっても、こうした事業者にとって重い負担になりかねない。

波が静かな内海で運航している遊覧船が、オホーツク海のような危険な海を運航する船と同じ安全基準を求められることになれば、「なぜ万全な安全対策をしている我々が、オーバースペックな安全対策を強いられるのか」と反発を受けるだろう。

それ以前に、規制に対応する資金を調達できずに事業を断念する遊覧船事業者も増えそうだ。2020年から続く新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大で、観光事業は大打撃を受けた。未だに客足は戻っていない。遊覧船事業者も同じだ。

2020年6月に猪苗代湖などで遊覧船を運航してきた福島県猪苗代町の磐梯観光船が破産。2021年1月にも岩手県宮古市で1962年に就航した「みやこ浄土ケ浜遊覧船」が廃業した。同10月には内浦湾での遊覧船や沼津港と三津港を起点とする湾内クルーズなどを運航していた静岡県沼津市の千鳥観光汽船が民事再生法を申請し、経営破綻している。

このゴールデンウィークには知床遊覧船事故を受けて、北海道だけでなく全国の遊覧船でキャンセルが相次いだという。遊覧船利用客がピークを迎える夏季の営業にも、暗雲が垂れこめている。もちろん、「安全第一」は当たり前だ。「経営が苦しいから」を理由に安全に手を抜くことは、決して許されない。

とはいえ、コロナ禍の逆風下で「安全第一」の規制強化を一方的に断行すれば、沿海地域の重要な観光資源である遊覧船事業を失いかねない。行政には中小零細遊覧船事業者に安全対策補助金を出す、M&Aを促すなど、「規制」と「支援」の二段構えで対応していく必要があるだろう。

文:M&A Online編集部