クレディ・スイス経営危機の発端となった「アルケゴス」と「ファミリーオフィス」

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クレディ・スイスの経営危機はアルケゴスショックから始まったと言われている(REUTERS)

関心が高まる「ファミリーオフィス」とは

3月19日、スイス金融最大手のUBSがクレディ・スイスを買収すると発表しました。クレディ・スイスの経営破綻を回避するため、スイス金融当局が主導したもので、いわゆる救済合併になります。

事の発端は、2021年3月に発生したクレディ・スイスの巨額損失事件でした。ファミリーオフィス「アルケゴス・キャピタル・マネジメント」との関わりが原因による損失が、経営危機の一因と言われています。

今回の買収報道を受けて、ファミリーオフィスへの関心が再び高まりました。

本記事では、アルケゴス・ショックやファミリーオフィスについて詳しく解説し、ファミリーオフィスの概要や特徴についても説明します。さらに、任天堂創業家が設立した日本のファミリーオフィスについても紹介します。

ベールに包まれたファミリーオフィスの実態

ファミリーオフィスとは、超富裕層の家族が自分たちの資産を管理するために設立する会社です。この考え方は古くからあり、ヨーロッパの王族が始めたとされています。19世紀には、ロックフェラー家が自分たちの資産を管理するためにファミリーオフィスを設立し、広まりました。

そして、2008年のリーマンショック後、オバマ政権が2010年に制定した「ドッド・フランク法」により、投資会社であるファミリーオフィスが自分たちの家族の資産のみを運用する場合には、証券取引委員会(SEC)の規制対象から外れることになりました。

そのため、ヘッジファンド・マネージャーなどの投資家たちは、規制を回避するために、ファミリーオフィスを設立したり、投資会社をファミリーオフィスに転換したりするようになりました。

現在、世界のファミリーオフィスの総運用規模は1兆ドルから6兆ドルと言われていますが、実際の規模は不明です。ただし、アーンスト・アンド・ヤング(EY)の調査によると、欧米を中心に1万以上のファミリーオフィスが存在し、それぞれのファミリーオフィスの保有資産は1件あたり11億6,000万ドルです。2021年のファミリーオフィスの総資産額は、世界で約5兆9,000億ドル(日本円で約770兆円)と推定されており、ヘッジファンドの約3兆6,000億ドル(約470兆円)を超える規模となっています。

クレディ・スイス経営危機の発端となったアルケゴス・ショックとは

日本でもプライベートバンクはよく知られていましたが、ファミリーオフィスは日本では秘密のベールに包まれた存在でした。しかし、2021年のアルケゴス・ショックでその存在が知られるようになりました。

韓国生まれのアメリカ人投資家・ビル・フアン(Hwang Sung-kook)氏が設立したファミリーオフィスのアルケゴス・キャピタルが集中投資していた先の株価が暴落し大損失を出します。これを受けて、アルケゴスと取引をしていた金融機関や投資家がアルケゴスからの資金回収が出来なくなり、金融機関も損失を被る結果となりました。

スイス金融大手のクレディ・スイスは、アルケゴス・ショックで業界最大の約5,200億円の損失を出してしまいました。国内でも野村ホールディングスが米国子会社で約2,000億円の損失が発生する見込みと発表しています。ファミリーオフィスは情報開示の規制が緩く、少額の資金で大量の株式を運用することができるため、損失が莫大なものになったのです。この一件で、ファミリーオフィスの存在がクローズアップされ、日本でも注目されるようになりました。

アルケゴスのような投資先をごく数銘柄に絞りレバレッジをかける強気の投資姿勢はまれで、大多数のファミリーオフィスは相続対策や資産管理、事業承継など、「資産を守る」ことを重視しています。

日本の相続税率は非常に高く(最大55%)、税金を納付するために資産を手放すことや相続人間での争いなどが問題となっています。そのため、金融機関に見切りをつけ、資産を守るためにファミリーオフィスを設立する人が日本でも増えているのです。

日本のファミリーオフィスの歴史

欧米では、ファミリービジネスのためにファミリーオフィスが広く使われていますが、これは欧米独自のものではありません。日本でも、江戸時代から明治時代にかけて、三井家において同様の取り組みが行われていました。

江戸時代の三井家では、「宗竺遺書(そうちくいしょ)」という家訓をまとめ、ファミリービジネスの経営、資産管理、事業承継などの基本的な規範として活用されていました。

また、ファミリーを制御するために、従業員を取り立て、経営に当たらせる「大元方(おおもとかた)制度」を導入し、所有と経営の分離を踏まえたファミリービジネスの経営を行っていました。

つまり、日本でもファミリーオフィスの活用は古くからあり、欧米に先駆けてファミリービジネスの持続的な発展を支えていたといえます。

ファミリーオフィスとアクティビストファンドの違い

そして、現在の日本で有名なファミリーオフィスの一つが、任天堂創業家の資産運用会社「ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)」です。

ヘッジファンドの一種であるアクティビストファンドは、大手機関投資家がオルタナティブ投資の一環として出資し、他人のお金を運用します。

アクティビストは、声高に主張し株価上昇や還元を引き出し、大きなリターンを得ることを目指しますが、結果を出さなければ出資者の怒りを買い、時には自らが職を失うこともあります。

しかし、YFOは違います。任天堂中興の祖と言われた故山内溥・元社長の孫である山内万丈氏が立ち上げ、溥氏から譲り受けた任天堂株式を資金源としています。ファミリーオフィスとして、他人から資金を預かって運用しているのではなく、自分の手持ちの資金で投資をしているのです。

投資可能な資金は1,000億円規模とされており、リターンを出さなければならないという強迫観念はありません。

出口戦略を想定しない買収ファンドは通常ありませんが、YFOはそのような行動をとっても、誰からも批判されません。これがファミリーオフィスの最大の特徴です。

もし損失を被っても出資者に迷惑をかけることがなく、自らの責任として割り切ることができます。

ファミリーオフィスは今後どうなる?

2008年の金融危機後、米国ではユニバーサルバンクやヘッジファンドの開示義務が強化されました。しかし、ファミリーオフィスに対する規制は強化されず、そのためヘッジファンドがファミリーオフィスに業態転換して、規制を回避する動きが見られています。

このことが、野村ホールディングスやクレディ・スイスの2021年3月の巨額損失の原因にもなったと指摘されています。この損失は、ファミリーオフィスのひとつであるアルケゴスとの取引に伴うものでしたが、過剰なリスクマネーがファミリーオフィスの名の下に流入し、破綻した例と言えます。

今回のクレディ・スイス買収劇は、再びファミリーオフィスの注目を集めることになるかもしれません。

ファミリーオフィスは、超富裕層の家族が自分たちの資産を管理するために設立する投資会社であり、規制が緩いことから、ヘッジファンド・マネージャーなどもファミリーオフィスを設立しています。

ファミリーオフィスは、投資先の選択肢が広く、自己資本比率が高いため、多額の資金を動かすことができます。

投資家はファミリーオフィスの運用方法に注目し、その成果に期待することがあります。ただし規制が緩いため、リスクも高く、破綻することもあります。

今後は、超富裕層の資産管理方法に対する関心が高まり、ファミリーオフィスの運用方法が注目されるでしょう。規制緩和の背景から、ファミリーオフィスの設立が増加傾向にありますが、その運用方法には注意が必要です。

日本でもYFOに続くファミリーオフィスが株式市場をにぎわせるかもしれません。今後、ファミリーオフィスがどのような運用を行い、どのような成果を出すかに注目です。

文:M&A Online編集部

参考URL:
ファミリーオフィスの海外における現状と日本での活用に関する一考察(論文)
三井広報委員会 三井家の家憲「宗竺遺書」