急浮上する新型コロナ「行政訴訟」三つのリスク

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が止まらない。一方で日本でも遅まきながらワクチン接種が始まり、「出口」も見えてきた。が、自治体や政府にとってはワクチン接種が完了したら問題解決とはいかないだろう。コロナ禍終息後の行政訴訟リスクが高まっているからだ。

第1のリスク「休業命令」

すでに第1のリスクは顕在化している。3度にわたる緊急事態宣言で休業を命じられた企業からの訴訟リスクだ。2021年3月22日、飲食チェーンのグローバルダイニング<7625>が東京都を相手取り、東京地裁に国家賠償請求訴訟をおこしたのだ。

同社は都の営業時間短縮命令とその根拠となる新型インフルエンザ対応の改正特別措置法が違憲であるとし、損害賠償を請求した。同社は休業命令の違憲性を問うのが目的として損害賠償額は104円(1店舗当たり1日1円、26店舗が4日間休業した)と低額の訴訟だったが、今後は他社で巨額の営業損失賠償を求める訴えが出てくる可能性も十分にある。

3度のロックダウンが断行されたフランスでは新型コロナ関係の訴訟で行政最高裁が2020年に840件の判決を出すなど、行政訴訟が相次いでいる。3度の緊急事態宣言で「狙い撃ち」された外食や、芸能・スポーツなどの興行といった営業停止を強いられている企業が訴訟に踏み切るのは避けられないだろう。

緊急事態宣言による休業要請を受けて業績が悪化した上場企業では、株主から行政訴訟を起こすように圧力を受けるケースもありそうだ。「泥縄」の営業短縮命令だっただけに、「あの業界では出て、なぜウチの業界には出ないのか」といった休業補償金の整合性も裁判の俎上にのぼりそうだ。

第2のリスク「ワクチン接種の遅れ」

第2のリスクはワクチン接種に伴う訴訟だ。これまでワクチン訴訟といえば、インフルエンザワクチンや種痘、ポリオ生ワクチン、百日咳ワクチン、日本脳炎ワクチンなどの副反応により、死亡したり障害が残ったりする健康被害に対する損害賠償訴訟だった。

もちろん新型コロナワクチンでも副反応による健康被害訴訟が発生する可能性もあるが、今回は「ワクチン接種の遅れ」が訴訟につながりかねない。

政府は「想定外の事態」を理由に賠償を拒否するだろうが、1月に「2月下旬から医療従事者、65歳以上の高齢者、高齢者施設や障害者施設の職員、基礎疾患のある人の順に優先接種を進め、5月から7月までに16歳以上の全国民を対象に接種完了する」としてきた。

しかし、ワクチン調達が進まずスケジュールは大幅に遅れ、7月末までに高齢者への接種が終わるかどうかという状況だ。しかも、日本のワクチン接種率は著しく低い。米ブルームバーグの調査によると、日本で少なくとも1回の接種を受けた人は2.4%。世界196カ国中129位にとどまっている。

そうこうする間に過去最大の感染第4波が襲来。昨年と違い、感染予防の決め手となるワクチンが存在する。それにもかかわらず、コロナ感染で死亡したとなると「行政の不作為」を問う損害賠償訴訟が起こる可能性がありそうだ。

第3のリスク「医療行政の失敗」

第3のリスクは治療体制の不備だ。大阪府は4月22日に1167人の新規感染者が確認され、重症患者向けの病床使用率が100%を超えたと発表した。病床不足で受入先がなく、自宅や介護施設などで死亡する「医療崩壊死」も相次いでいる。

大阪府は感染率の高い新型コロナ変異株が流行する兆候があったにもかかわらず、政府に第2次緊急事態宣言の解除を要請した。3月31日に宣言は解除されたが、早くも4月8日には第4波による重症患者の急増で府が「医療非常事態」を宣言。重症患者を受け入れていた大阪市立総合医療センターでは、第3波の収束を受けて重症病床数をピーク時の半分以下に減らしていたため、たちまちパンク状態になった。

吉村洋文大阪府知事は「すべてとは言わなくても、民間でコロナを受け入れている病院の比率は低い」と民間医療機関に責任転嫁した。これに対して大阪府保険医協会は「病床の稼働率が前提となる余裕のない診療報酬、公立・公的病院の統廃合、急性期病床削減を進める国の政策のツケは大きい。その政策の誤りを反省せず、民間病院攻撃に繋がる一方的な国や大阪府の方針は、国民と医療機関に責任を転換し、さらに国民に“分断”を持ち込みかねないもので強い憤りを感じる」と激しく非難する声明を発表した。

同協会の指摘は、そのまま治療を受けられずに死亡した遺族や後遺症が残った患者からの損害賠償訴訟につながりかねない「行政の失策」だろう。「医療費削減」を優先するあまり稼働率が低いと診療報酬を減額することで病床数を削減し、重症者ケアの急性期医療を支える公立・公的病院を整理してきた国や自治体の医療行政が「新型コロナの医療崩壊と大量の入院待機死を招いた」として訴えられかねない。

国と地方自治体は新型コロナ感染が収束した後に、企業や患者から損害賠償訴訟に直面することになるだろう。中小企業や個人による集団訴訟が多発する可能性もある。行政機関の「コロナ禍」は、感染が終息しても終わりそうにない。

文:M&A Online編集部