一神教と疫病とコーポレートファイナンスⅨ│間違いだらけのコーポレートガバナンス(25)

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バルセロナのコロンブス記念塔

件名 :我らの主 イエス・キリストの御名において
From
:クリストファー コロンブス
To
  :イザベラ・フェルディナンド両国王

「まことに信仰深いキリスト教徒であり、またまことに貴くも秀でた、力強い君主である我らの主君、エスパニャスと海上の諸島の国王並びに女王陛下。1492年のこの年、ヨーロッパをかねてから支配していたモーロとの闘いを両陛下が終息させられて、あのグラナダの大都での戦を終えられ、本年1月2日、両陛下の軍勢が同都の城塞アルハンブラの塔に王旗を掲げるのを、私はその地において目のあたりにし、かつまた、同都の城門よりモーロ王が出城して、両陛下ならびに王子閣下の御手に接吻するのを、拝したのであります」(出所 コロンブス航海誌」 林家永吉訳 以下同)

カトリック両王向けに提出されたコロンブスの航海日誌

これはコロンブスが第1回航海の途中、船上からカトリック両王に送付したとされる書簡の冒頭である。レコンキスタ完遂直後の1492年初頭のスペインキリスト教国家の高揚感が生々しく伝わってくる。さらに引用を続けよう。 

「こうして、多くの民が偶像崇拝に満ち、破滅の教義を報じ続けてきたわけですが、両陛下はカトリック教徒として、またこの聖なる教えを崇信し、これを弘めたもう君主として、さらにまたマホメットの教えや、すべての偶像崇拝や、邪教の敵として、この私、クリストバールコロンを、インディアのさきに述べた地方へ派せられ、彼の地の君主や、人民や、さらにその土地、その模様やその他すべてを見聞して、彼らを聖なる教えに帰依させることができるような方途を探求するようにと命じられ、そのためには、従来から通ってきた東の陸地からではなく、今日まで人が通ったことがあるか確かではない西方から赴くようにと仰せつけられました。そこで、両陛下はこの1月に、そのすべての国土ならびに領土からユダヤ人を追放せられて後、私に対し、十分なる船隊をひきいて、インディアスの前記地方に赴くよう命ぜられたのであります」

庇護者のハートにグサッとささる、見事なプレゼン

両王に宛てられたコロンブスの航海日誌は、現代の投資ビジネスに例えるならば、いわばスポンサーレターである。スポンサーレターとは、ベンチャーキャピタルやバイアウトファンドなど、投資家の資金を募って投資事業を行う者が、金主(LP出資者など)に対して定期的に行う投資進捗の報告書だ。

コロンブスのこのスポンサーレターのこの冒頭文には、この航海の背景や目的、手段が余すことなく書かれている。起業家が株主に提出する株主報告書と性格は同じだ。しかし、この航海は、株式会社が生まれる前の出来事だ。株主報告というより、スポンサーレターと捉えるほうが正確だろう。

そのスポンサーレターには、この航海の目的が明確に書かれている。それは未知の世界で偶像崇拝に耽り、闇に迷う哀れな異教徒に福音(イエスの言葉)を届けること。そして、「ナザレのイエスがキリスト(救世主)である」という信仰を広めることで、異教徒を救済しなくてはならないとする使命である。

コロンブス自身が、どこまで敬虔なキリスト教徒であったかは不明だ。しかし、彼はこのようなプレゼンがレコンキスタ完遂直後の両王、とりわけイザベル女王の宗教的高揚感に「グサッと刺さる」ことを知り尽くしていた。

身の程知らずのIT起業家もたじろぐほどの強欲

    また、彼はこのスポンサーレターの中で、自らの人生と生命をかけたこの航海が成功した場合のサクセスフィー「成功報酬」についても、わざわざ念押ししている。猜疑心の強い男だったのか。それとも高すぎる要求が通ったことに自分自身が驚き、信じられなかったのか…。さらに引用しよう。

    「そしてこのために(筆者注:この航海のために)、私に非常な恩恵を与えられ、私を貴族に列せられて、ドンの商号を付して名乗ることを許され、私を大洋提督、兼副王に任ぜられ、今後大洋において発見し、獲得するであろうすべての島々及び大陸の終身提督とされ、かつ私の長子がこれを継承し、その後は永遠に、代々これを相つぐこととされました」(出所:同上)

    イタリアから流れ着いた一介の船乗りに「貴族の称号」を与えて「ドン」と名乗らせ、「大洋提督、兼副王」として発見した島々の「終身提督」に任じ、その身分を「子孫代々継承」させろ。なんとも清々しいばかりにディマンディング(過剰要求)だ。もちろん本人は過剰だとは思っていなかっただろう。命を賭してことに臨むのだから、そのくらいは当然だと考えていたに違いない。

    現代のIT起業家に例えるなら、「プレバリュエーション100億円でよければ、投資させてあげてもいいですよ!」などとのたまう、清々しいまでに自信に満ち溢れた起業家といったイメージだろうか。筆者がもしそんなプレゼンを聞いたら、何かを指摘する気も起きず、「その意気やよし!」とだけ言ってそっと送り返すだけだろう。コロンブスの計画と要求を最初に聞かされた人々の反応も推して知るべしだ。

    コロンブスの初航海は、一般に「航海の難易度」の問題で実現に時間がかかったと思われがちだ。しかし、実際には、この彼の過剰要求も大きなネックとなった。コロンブスの投資プレゼンに両王が首を縦に振る瞬間はなかなか訪れず、そして実際のところコロンブスの初航海に、スペイン両王は王室の公式資金はおろか両王の個人マネーも「一銭たりとも」支出することはなかった。

    その意味では冒頭でコロンブスの航海日誌を「スポンサーレター」として紹介したのは、厳密にいえば間違いである。両王は彼の航海に許認可を与え、サンタマリア号を旗艦とする貧弱な三艘の船団を用立てするために、多少の力を貸したに過ぎない。この航海の真のスポンサーは別にあった。

    真のスポンサーにして最大の支援者「ルイス・デ・サンタンゲル」

    コロンブスは航海日誌を両国王以外にも送っている。宛先はアラゴン王国のルイス・デ・サンタンゲル会計検査院長である。祖父の代にユダヤ教徒からキリスト教徒に改宗した「新キリスト教徒」と伝わる宮廷ユダヤ人だ。

    サンタンゲルは、ディマンディングなイタリア人船乗りの要求に合理的説明を与えようと努力した。また、航海の不可能性に対する全方位からの猛反対を説き伏せた。そして、それでも最後まで首を縦に振らなかった両王に代わり、最後には航海資金そのものを工面した。

    サンタンゲルとその仲間こそは、この航海のもう一人の主役であり真のスポンサーである。世界史に最も重要な影響をもたらした宮廷ユダヤ人の一人といっても良い。

    このコラムでは既に幅広く研究されているコロンブスの航海そのものより、この航海のシードインベスターでありリードインベスターであったサンタンゲルとこの航海における彼の資本政策に焦点を当てて考察してみよう。

    (この稿続く)

    文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)