経営者はなぜ不正をするのか|間違いだらけのコーポレートガバナンス(2)

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間違いだらけのコーポレートガバナンス(2)

経営者はなぜ不正をするのか

前回のコラムで、「コーポレートガバナンス」について議論をする際には、議論の出発点を正しく設定することが重要ではないかと述べた。つまり、「会社は株主のものである」という会社法上の大前提に立った上で、それが、社会の経済便益を最適化、最大化し得る仕組みなのか、平たく言うと、「よりよいヨノナカの実現に役に立つのか」を議論しないと意味がないということだ。

そして、「社会的便益の最適化・最大化できる仕組み」とは、「経営者の監視ができる仕組み」「経済的成果の最適配分・分配が実現できる仕組み」「成長とイノベーションが実現できる仕組み」の3つであると定義した。

今回のコラムは、そのなかで「経営者の監視ができる仕組み」に関する現行のコーポレートガバナンス制度の有効性を前提としつつ、経営者の不正がなくならない原因について考えを述べてみたい。

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経営者の監視ができる仕組みとは

すでに前稿でも述べたように、「1株1議決権」を出発点とする現行のコーポレートガバナンスの枠組みは、経営者の不正を防止、監視し、会社の事業推進に忠実に取り組ませることを目的に精緻に積み上げられたもので、まぎれもなく有効だ。

金融機関から借り入れを行い、投資家から資金を調達し、多くの人々を雇用して事業を運営する以上、誠実に業務に励み、透明性のある開示で説明責任を果たさなければならない。

問題は、こうした制度の精緻化と厳格化の取り組みが100年以上に渡って世界で続いているにも関わらず、巨額の不正をする経営者や粉飾をする会社が、日本に限らず世界で後を絶たないのはなぜか、という点だ。これについては、さまざまな研究や考察がすでになされている。

経営者が不正や粉飾をする動機とは

にもかかわらず、なぜ経営者は不正を起こすのだろうか。

筆者は、その動機は大まかにいって以下の5つがあると考えている。そして、オーナ創業者とサラリーマン経営者では、これらの5つの動機について濃淡があるのではないかと考えている。

そこで本稿では、オーナー創業者とサラリーマン経営者の場合、不正の動機がどう影響し得るのかを考えてみたい。

経営者が不正や粉飾をしたくなる5つの動機

(筆者の見解)

1.会社がつぶれると困る(倒産・資金繰りの危機)
2.納税がイヤだ(脱税の誘惑)
3.もっと「いっぱい」お金(報酬)が欲しい(無限の金銭欲)
4.もっと「早く」お金(報酬)が欲しい(時間リスクの忌避)
5.地位と名誉と身分が惜しい(承認欲求)

上記5つの動機について、「創業オーナー経営者※」と「サラリーマン経営者」の動機としての潜在的な強さを、以下の表にまとめてみた。

動機の5分類(筆者の見解) 創業オーナー経営者の場合 サラリーマン経営者の場合
1.倒産・資金繰りの危機 強い
強い
2.脱税の誘惑 強い 弱い
3.無限の金銭欲(短期的インセンティブ) 弱い 強い
4.時間リスクの回避(長期的インセンティブ) 弱い 強い
5.承認欲求(地位や名誉など) 弱い 強い

※ここでいう「オーナー創業者」とは、本人または親族で100%近い株式を保有する閉鎖型未上場企業ではなく、オーナーが筆頭株主として支配権を維持しつつ、外部からも大規模に資金調達をして事業を拡大していくオーナー型公開企業を指す。(例:ソフトバンク、楽天、ZOZO)

これはあくまで筆者の私見によるものであり、データや統計に裏付けられたものではない。こうした視点も含めた研究が今後さらに望まれる。

不正や粉飾の誘惑は、創業オーナーよりサラリーマン経営者の方が強そうだ

一般的に、オーナー社長とサラリーマン社長では、オーナー社長の方がなんとなく「悪いことしてそう。」というのが世間一般のイメージではないだろうか。

特に、脱税についてニュースを賑わすのは、ほとんどがオーナー系の中小未上場会社だ。中小企業の場合、ほとんどのオーナーが100%の株式を保有しており「会社の金は俺の金」という感覚が強い創業者が多い。従って、法人税の節税が社長個人の大きな動機になり得る。これが一線を超えれば脱税となり、当然許されない不法行為である。

しかし、トータルで見ると、不正や粉飾に手を染めたくなる動機は、サラリーマン社長の方が総合的に見て強いのではないか、というのが筆者の見解である。特に金銭的な報酬について考えると、自社株を持たないサラリーマン経営者は、経営努力で企業価値がどれだけ上がったとしてもその便益を受けることはない。

また、株主の利益と経営者の利益を一致させるといわれるストックオプションなどの株価連動型報酬があったとしても、限られた任期の中でそうしたインセンティブの果実を得るのはそう簡単ではない。

新規事業やM&A投資は常に大きなリスクを伴うし、失敗すれば即責任問題である。そうなると、より手っ取り早く(場合によっては一線を越えてでも)利益を作って株価を上げたいというインセンティブが働く可能性は低くないと思われる。ましてや、コーポレートガバナンスと称する株主からのプレッシャーが強くなればなるほど、この誘惑は強くなりかねないだろう。これはすでに多くの識者が指摘しているところである。

次に、日産のカルロス・ゴーン元社長の不正を例に考えてみよう。

ゴーン氏の不正問題は「雇われ社長のコンプレックス」が生んだように思える

複雑なスキームを駆使してゴーン氏が日産から横領したとされる金額は、50億円とも80億円ともいわれる。こうした大金は、筆者のような庶民には想像もつかない額だ。しかし、成功した創業オーナーの資産規模というのはそんなものではない。

例えば一時、話題となったZOZOの前澤友作社長。数年前に120億円のバスキアの絵をさくっと大人買いした(当然自分のお金で)。ゴーン氏が経済マフィアも目を剥くような高度なスキームを活用して横領したとされる金額の倍近い額を、ぽんと趣味で出せる。これが大成功した創業オーナーの凄さだ。

しかしゴーン氏は、前澤氏をもはるかに上回るような世界の大富豪と公私ともに交流があったと想像される。そこで見せつけられる彼我の差は、エリート中のエリートであった彼にとって「面白くないもの」であったことは容易に想像される。

「あんな運がよかっただけの成金より、グランセゴール出身のオレの方が絶対に優れているのに、なんで私の報酬はこれっぽっちなのか。」という意識が、どこかで暴走したのではないかと想像する。

私の眼には、ニュースで散見されたゴーン氏のお金の使い方(彼の価値観)が、成功した未上場企業の社長のふるまいそっくりに映るのだ。 個人的には、ゴーン氏はプロ経営者ではなく創業社長になっていたら、そこまで大成功しなくても不正に手を染めるようなことはなかったのではないかと思う。

創業オーナー企業の限界(キャップ)は、オーナー自身の器の限界そのものであり、そこまで成果が出なくても、多くの場合それは自分で受け止めることができるからだ。

そういう話をする経営者の方の言葉は筆者もこれまで何度も聞いてきた。創業社長ならみなわかる感覚だろう。

今回のコラムでは、現行のコーポレートガバナンス制度が経済社会の透明性と公平性を維持するために必要不可欠であることは大前提としたうえで、「行き過ぎた統治と強い圧力が逆に不正リスクを高める可能性」について述べた。そして、オーナー経営者よりもサラリーマン経営者の方が、強いプレッシャーにさらされた場合における不正や粉飾の誘因は大きいのではないかとの仮説を述べた。

このような視点が、コーポレートガバナンスの在り方についてわずかでもなんらかの示唆があれば幸いだ。次回は、「コーポレートガバナンスは経済資源や富の最適な配分と分配の実現に貢献するのか」という点について考えてみたい。

文:西澤 龍(イグナイトキャピタルパートナーズ 代表取締役)